- 254
”もん”
37.5×46.2cm ワトソン紙に和紙を貼ったパネル。
墨、鉛筆、岩絵の具
水墨って、ぼくは、手直しが出来ないものだと思い込んでいる。
対極にあるのが油彩。
これは具合が悪いと思えば上に絵の具を塗り込めて変化が自在である。
水墨の潔さをぼくは大事にしたいと思うけど、さほど腕が良い訳ではない。
一発で決められない。
それに、ぼくは墨を使うから”水墨”とは言ってい居るが、伝統的な考えからは水墨ではないだろう。
明らかに西洋絵画の思考で描かれている。
それにさ、もう、そんなに長くないから、きっちり描かないと、などとこだわっていたら、枚数も描けやしない。描いちゃうのが先決だ。
それでこのごろ、水墨であろうが油であろうが画材や画法にはこだわらないと思い始めた。
手段を選ばずの卑怯者になってやる。
水墨に、アクリルの強くて分厚いマテリアル感が加わるとやっと納得が行くといった事もしばしば経験している。
戦後の日本に育って、何人かあやふやなぼくらの環境のなかで、こうしたやり方は当然の事かも知れない。(ぼくが悪い訳じゃない!と言っておこう)
秘境もの(上手い事変換したな!)バンザイ。
墨、鉛筆、岩絵の具
水墨って、ぼくは、手直しが出来ないものだと思い込んでいる。
対極にあるのが油彩。
これは具合が悪いと思えば上に絵の具を塗り込めて変化が自在である。
水墨の潔さをぼくは大事にしたいと思うけど、さほど腕が良い訳ではない。
一発で決められない。
それに、ぼくは墨を使うから”水墨”とは言ってい居るが、伝統的な考えからは水墨ではないだろう。
明らかに西洋絵画の思考で描かれている。
それにさ、もう、そんなに長くないから、きっちり描かないと、などとこだわっていたら、枚数も描けやしない。描いちゃうのが先決だ。
それでこのごろ、水墨であろうが油であろうが画材や画法にはこだわらないと思い始めた。
手段を選ばずの卑怯者になってやる。
水墨に、アクリルの強くて分厚いマテリアル感が加わるとやっと納得が行くといった事もしばしば経験している。
戦後の日本に育って、何人かあやふやなぼくらの環境のなかで、こうしたやり方は当然の事かも知れない。(ぼくが悪い訳じゃない!と言っておこう)
秘境もの(上手い事変換したな!)バンザイ。
