COMPETITION

ComoNeでの企画展示作品・プロジェクト募集中 -ComoNeプログラム#02-

#02 Hello Human!

結果発表 2025/11/26(水) - 2026/01/18(日)

採択作品・プロジェクト発表

ComoNeプログラムは、領域横断的なテーマを設け、世界中から作品やプロジェクトを集めて公開するコレクションです。
第2回となる今回のテーマは「Hello Human!」。47の作品・プロジェクトがエントリーされました。

環境問題やテクノロジーの進歩、多くの激しい変化が渦巻く今の時代。
我々人間はどう人間らしく在ることができるのか。
これからの時代をささやかに更新することのできる視点を持つ10作品・プロジェクトが採択されました。

採択された10作品・プロジェクトは、2026年4月〜9月にCommon Nexusにて展示されます。

テーマオーナー

テーマオーナー総評

AIが思考を担い、環境がデータとして語られ、機械が感覚を持ちはじめる時代において、人間とは何か、という問いは、もはや抽象的な哲学ではなく、切実な現在進行形のテーマとなっています。

技術の進展は、私たちの能力を拡張する一方で、人間という存在の輪郭そのものを揺さぶり続けています。だからこそ本プログラムでは、人間を礼賛するでも否定するでもなく、その矛盾や未完成さを含めて見つめ直すきっかけを与えてくれる作品を求めました。

今回選出された作品に共通していたのは、完成度や技巧の高さ以上に、未来から現在を見つめ返す視座を持っていたことです。それぞれの作品は、人間の知覚や身体性を揺さぶり、私たちが無意識に前提としてきた感覚や関係性を問い直しました。そこでは技術は単なる道具でも脅威でもありません。人間と相互に作用しながら、新たな関係を編み直す存在として提示されています。

本テーマ「Hello Human!」は、人間という存在を単純に肯定する呼びかけではありません。変わりゆく世界の中で、それでもなお、「人間とは何か」と、未来のまなざしからの問いかけです。選出作品はいずれも、知覚の再発見や関係性の再設計を通して、その問いに対する具体的な応答を示していました。
技術と融合しながらも、人間は何を感じ、何を選び、何を創造していくのか。本プログラムに集まった試みは、その答えを提示するのではなく、問いを持ち続けるための装置として機能しています。

ComoNeプログラム #02「Hello Human!」が、変化のただ中にいる私たちにとって、未来を想像し直すためのささやかで、しかし確かな契機となることを願っています。

採択員


採択作品・プロジェクト

Jam Dipper(荒川弘憲)

 《Jam Dipper》は漆を施した木彫のオブジェである。舌で触れる鑑賞を見込みつつ、「目の舌」を用いた擬似的な接触による鑑賞をうながす。外界を距離を持って捉える「眼」と、内臓への入口である「舌」。この二つの器官を掛け合わせることで、視覚の背後に潜む「ぬめり」が強調される。舌による動きは随意と不随意の境界にあり、《Jam Dipper》の滑らかな曲面をなぞる行為は意識のむかう先を外部から口腔内を通じて鑑賞者自身へと反転させる。そこで鑑賞者は自身の深部感覚——身体の内部で生じる物理的な手応え——を感じとり、やがて言葉になる前の「未分化な感覚」へと遭遇していくことになる。

 こうした内臓感覚に近い生々しい感覚は生存に直結する「情動」の源泉である。AI や人工物と融合する未来において、こうした感覚を「外界の情報を受け止め、生命を維持する力」として今一度確かめたい。私たちが寒さを感じとれることで死を回避するように、舌の動きや触覚から引き起こされるうごめくような感覚こそが、私たちがこれからの世界を判断するための情報となる。

 さらに言えば「未来の私たち」にとってこの感覚が、こうした「生命維持のための情報選択」にとどまらない可能性があると考える。つまり、舌を通じて出会うこの情動的な感覚こそが、動物や植物の感覚に共感する情報となり、共生していく力になる。エージェント(能動的主体)化した AI や人工物と、動物や植物との関係を水平にあつかいながら、どのような環境が住みやすいのか感じとり創造していくことが「未来の私たち」の生活になるかもしれない。《Jam Dipper》は「未来の私たち」の知覚と情動を探る口腔にひろがる実験場になるのである。

On the Web

https://wondrousjam.arakawakok...

採択員コメント(吉田 有里氏)

漆を施した小さなオブジェを舌でなぞるという行為(実際は目での疑似的な体験)を通して、身体的な知覚や作品鑑賞のあり方を問う。バーチャル・リアリティの技術や体験が加速するなか、手のひらサイズの小さな彫刻から身体感覚を揺さぶるこの作品は、作品と鑑賞者との関わり、AIと人工物の共生など未来の新たな視点や感覚への想像を広げるものとなっている。

CHROMA LIFE PROJECT(杉浦真也)

CHROMA LIFE PROJECTは、循環型デザインの視点からバイオデザインを活版印刷に応用し、持続可能で革新的な印刷技術の可能性を探る取り組みである。細菌由来のバイオインクを開発し、生分解性や鮮やかな発色を実現すると同時に、光や湿度の変化によって色彩や質感が変化する動的なデザイン表現を可能にした。さらに、このバイオインクを活用し、社会的な交流を促進するワークショップの企画、細菌の成長特性を活かした製品開発、生態系の構築をテーマとした新たなメディア表現なども展開している。活版印刷の職人技術や歴史的背景を尊重しつつ、伝統と革新を融合した新しい印刷手法の確立を目指した。本プロジェクトは、印刷技術の再評価を通じて活版印刷の価値を再定義し、持続可能な未来に向けたブランド構築に寄与することを目的としている。活版印刷という伝統的技術に生命の営みを重ねることで、新たな表現と循環の価値を創出し、単なる印刷の枠を超えて、人と環境、そして時間と共生するメディアの未来像を描き出す試みである。

On the Web

https://samcara.org/

採択員コメント(鈴木 宣也氏)

本作は、活版印刷という歴史的技術にバイオデザインを接続し、循環型社会の視点から再構築した点に大きな独創性がある。細菌由来のバイオインクを開発し、生分解性と鮮やかな発色を両立させただけでなく、光や湿度によって変化する動的な色彩表現を実現した点は、印刷を固定的な複製技術から「時間とともに変化するメディア」へと拡張している。さらに、ワークショップや製品開発、生態系をテーマとした表現へと展開することで、技術開発に留まらず社会的実践へと広げている点も評価できる。伝統技術への敬意と革新的視点を両立させ、印刷の価値を生命的プロセスとして再定義した意欲的なプロジェクトである。

超未来考古学(超未来考古学会)

超未来考古学とは、これから生み出されるかもしれない架空の未来製品が、環境や社会の変化によって役目を終えた後、どのように再発見されるのかを探る試みです。
未来製品をつくるだけで終わらず、その後に続く使用、劣化、風化、忘却、再解釈といった製品の寿命のすべてを想像の対象とします。

本プロジェクトでは、未来の製品の中でも特に「音の鳴る製品」 に注目し、これを〈音器(おんき)〉 と名付け思索を行いました。
音器についてそれぞれ未来社会の設定を与え、製品を実際に制作。エイジング加工、発掘状況の設定を行ったのち、AIによる考古学的な再解釈を行いました。
そして、これら音器とその再解釈を、文明終末後のアンドロイド(AI)による展示会として展示しました。ここで来場者を“発掘者”と位置づけることによって、未来をさらにその先の未来から見るという、これまでにない新たな視点を提供しました。
なお、本来意図した使用用途についても、合わせて映像作品として制作しています。

超未来考古学の目的は、未来を予測したり技術を提案したりすることではありません。
未来そのものを一歩引いた距離から眺め、「未来をつくる」という人間的な営為を批評的に捉える思考装置として機能することを目指しています。

On the Web

https://www.instagram.com/ufas...

採択員コメント(稲垣 裕介氏)

生成AIの台頭によって、一人ひとりが自分のキャリアを改めて考えなければいけない時代。さらにフィジカルAIもやってくることで、各企業が生き残りをかけて戦っています。そんな中で、未来から遡って進化を考えるという作品の趣旨自体が、今回の「Hello Human!」というテーマに非常に親和性が高いと感じています。AIの変革期だからこそ大きな影響を与えていますが、本来AIは敵ではありません。AIというテクノロジーを活用して人と融和し、一人ひとりが明るい未来を掴んでいけることが大切です。本作品を通して、明るい未来への導線を一人ひとりが想像できるきっかけとなっていくことを期待しています。

Hair Scape(抜け毛景観学)


頭皮から聳え立つ毛はある種の構造性をまとい、頭皮はさながら大量の柱が立ち並ぶ建築空間のようである。生き生きとした毛らしい活動状態がそこにある。しかし、抜け毛となって私たちの目の前に現れる時、毛はそれ自体がもつ構造の意味を喪失してしまっているのではないか。そこで、私たちは抜け毛に毛としての尊厳を与えるために、抜け毛に新たな頭皮を与えることを試みた。
この作品は抜け毛の建築である。無秩序に散乱する抜け毛をかき集め、造形的な頭皮を設計し、抜け毛を再配置する。抜け毛の構造美を顕在化することで、抜け毛は単なる身体の残滓ではなく、風景へと生まれ変わるのである。

On the Web

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http://sites.google.com/view/nukege/page

採択員コメント(吉田 有里氏)

《Hair Scape - 抜け毛景観学》は、身体から建築物へと交差する世界をつくるユニークな取り組みである。身体の一部である髪の毛が頭皮から抜け落ちた瞬間から、「抜け毛」として別のマテリアルに変貌し、架空の都市(?)のラウンドスケープとして建築物を支える構造物へ変化する。一見、ままごとのようにも見えるが、繊細な手仕事と表現、ミクロとマクロを行き来する壮大なスケールをいとも容易く変換させる視点とユーモアは人間の機知に溢れている。

QUENELLE 感覚つながる小型EV(野口桃江)

車を運転するとき、車がまるで自分の身体の一部になったかのように感じられることがある。身体の輪郭がひろがり、機能が拡張し、道具がその延長として感じられる状態――いわば「身体拡張」である。
もしもこの身体拡張が、より感覚的で、相互的なものになったとしたらどうなるだろうか。
感覚を介した反応がほとんど遅延なく往復し、人と車とのあいだに新たなコミュニケーションが立ち上がるとしたら?そうした発想から生まれたのが、アーティストとエンジニアが共同開発したEV「QUENELLE(くねる)」である。

管楽器のようなフォルムをもつQUENELLEは、乗る人の鼓動を検出し、それを音・光・振動へと変換してドライバーへと送り返す。同時に、車両の状態や変化も感覚的に提示され、ドライバーは数値や警告表示ではなく、身体感覚をとおして車と関わることになる。こうして人の身体と機械のあいだに、双方向的な感覚のやりとりが生まれる。

展示や試乗の場では、「くねる、雨に濡れて大丈夫かな?」「そろそろ充電してあげたほうが良いんじゃない?」といった言葉が、自然と来場者の口からこぼれる。

効率や快適さが最優先される現代のモビリティにおいて、QUENELLEはあえて扱いにくさや不完全さを残している。人からの配慮や想像力を引き出しながら、EVは操作する対象から、共創する存在へと位置付けを変えていく。
無機物であるはずの存在にエージェンシー(主体性)が立ち上がる。
やがて、人と車のあいだに愛着のような感覚が生じる。
この変化を支えているのが、脈拍というきわめて根源的で、ユニバーサルな生体情報である。
QUENELLEは、生命を象徴する「脈」を車にうつすことで、人間と無機物のあいだの関係を再編する作品であり、
多様な人々のもとへ「会いに行く」移動型の社会実験でもある。

2019年より豊田市「とよたデカスプロジェクト」の助成を受け、
体験型展示や試乗会、走行音づくりのワークショップなどを通して、車を媒介に人と人との関係性を育む実践を重ねてきた。 また2024–25年に参加した、群馬県主催の巡回展示「SUBARU×ART OTA CITY」では、
自動車工場でのフィールドレコーディングから制作した走行音を搭載し、温泉街や雪道を走らせた。

少し先の未来から現在を振り返ったとき、生身の身体がもつゆらぎや、手をかけることで関係が育つ不完全な存在は、むしろ価値あるものとして立ち上がってくるのではないだろうか。
本作は、そうした未来を見据えながら、人と機械の関係性を問い直す試みである。 現在も車体のアップデートと新たなシステム開発を続けながら、その可能性を拡張し続けている。

On the Web

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採択員コメント(小川 浩平氏)

AIや自律的エージェントが進化する時代において、本作が提示するのは知能の拡張ではなく感覚の融合です。QUENELLEは、乗り手の鼓動と車両の状態を音・光・振動として往復させ、人と機械のあいだに双方向の感覚回路を築きます。そこでは機械は単なる道具ではなく、共鳴する存在へと変わる可能性があり、移動しながら関係性を築くことは、未来における人とエージェントの共存像を具体的に示す優れた試みとして評価しました。

ヤングムスリムの窓:芸術と学問のクロスワーク(プロジェクト「ヤングムスリムの窓」)

プロジェクト「ヤングムスリムの窓」は、日本で暮らすヤングムスリムの若者たちが、自身の経験や視点をもとに映像作品を制作し、展示を通して社会にひらくプロジェクトです。当事者それぞれが「自分は何を伝えたいのか」を考え、映像として編集することで、単一のイメージに回収されがちな「ムスリム像」を相対化し、多様な生活・価値観・関係性を複数の窓として提示します。また、制作と展示の過程では、当事者・研究者・制作者が協働し、立場や背景の異なる人間同士がコミュニケーションを重ねながら、相互に学び合う関係を築いていきます。
「ヤングムスリムの窓」メンバー:
阿毛 香絵(文化人類学/アフリカ地域研究、京都大学)
澤崎 賢一(アーティスト・映像作家/総合地球環境学研究所)
野中 葉(現代東南アジア研究/慶應義塾大学)
新明 就太(映像作家/東京藝術大学)
アフメド・アリアン(株式会社Rhetica CEO)
エルトゥルール・ユヌス(江崎グリコ株式会社)
長谷川 護(地域コミュニティ研究/慶應義塾大学)

On the Web

http://project-yme.net

採択員コメント(長谷川 愛氏)

今回の審査で、銭湯という日本文化の象徴的な場で育ち、ムスリムへと改宗した個人の歩みの動画を鑑賞しましたが、宗教が改めて人のつながりの基盤としてワークする様子が非常に興味深かったですし、「異なる文化を持つ他者へ興味をもつ」ということの純粋な楽しさを思い出しました。いまこそ「排外主義」ではなく、他者の精神世界を受け入れる本プロジェクトは、多様な価値観が交差する未来のあり方を描き出しています。近くて遠い隣人の、当たり前の日常を再発見し、一歩はいってみる。他者への想像力を広げるテーマを深く体現した一作です。

AI Graphic Notation(宮本一行)

画像生成AIと人間が協働することで制作した音響作品。
この作品は、実際にある建築物の特徴(素材や構造、平米数、様式など)をプロンプトとしてAIに入力し、生成された多様な「建物を表す画像群」を統合することで、それを図形楽譜に置き換えて音を奏でるプロジェクトである。この作品は3つのプロトタイプから成り、アクリルレコード、触覚オブジェクト、そしてそれらの触覚的な経験から得られた感覚や情報をもとに、生成画像へ音楽的指示(テンポ、音程、音色)を書き込んだ図形楽譜である。完成した図形楽譜は、プログラミングによる演奏によって音響化した。

この作品を通して、AIと人間が誤解し合うことを表現として組み込むことを意図した。この作品の中で、AIは実際の建物そのものに合致する画像を描画することはない。同様に、私が図形楽譜を解釈し演奏する際も、私はAIが意図する音響を演奏することはないだろう。このプロセスを通して、「人間が命令を出し、AIが答える」「意図した通りの精度の高い出力を行う」といった一方向的な関係ではなく、AIと人間がそれぞれ意図しない方向へと向かう。このようなエラーやノイズとなりえる関係性を、人間はむしろ創造性と読み替えてきた歴史がある。この作品はAI時代における、機械と人間の創造的な相互関係の可能性を見出す試みである。

On the Web

http://www.kazuyuki-miyamoto.com/

採択員コメント(鈴木 宣也氏)

本作は、画像生成AIと人間の協働関係を音響作品として提示した点においてユニークな取り組みである。建築物の特徴を入力し生成された画像群を図形楽譜へと翻訳し、さらにプログラミングによって演奏するという多層的なプロセスは、視覚・触覚・聴覚を横断する構造を持つ。特に、AIとの誤解やズレを排除せず、むしろ創造性の源として積極的に組み込んだ姿勢が高く評価できる。AIが建築を正確に再現しないこと、人間もまたAIの意図通りに演奏しないことを前提とし、一方向的な命令と応答の関係を解体している点に批評性があり、AI時代における創造的相互関係の可能性を提示した意欲的な試みと評価した。

Primordial Reality: Relive the baby's mind and body
(村上泰介/協力:木村 正子(名古屋工業大学大学院 工学研究科 社会工学類 建築デザイン分野 )、藤井 綺香( 理化学研究所ガーディアンロボットプロジェクト ))

(c) 2024 Taisuke MURAKAMI

この作品は、赤ちゃんの身体と心にふれることで、人が生まれたばかりの頃に感じていた、原初的な感覚を追体験する試みです。
バーチャルリアリティと、やわらかな膜でできた特別なボディスーツを用いて、その体験はつくられています。
私たちが生きているこの世界には、同じ場所にいても、まったく違う感じ方で世界を受け取っている人がいます。そのことを、私たちは日常のなかで忘れてしまいがちです。
私たちは皆、かつて赤ちゃんでした。しかし、当時どのように見え、触れ、動いていたのかを、はっきりと思い出すことはできません。成長するにつれて、身体の大きさも、世界との距離も、大きく変わってしまったからです。
この作品は、大人がもう一度、赤ちゃんの感覚に近づくための入り口です。ぼやけた視界、思うように動かない身体、世界との不釣り合いなスケール。それらを体で感じることで、私たちが当然だと思っている感覚が、決して唯一のものではないことに気づかされます。
この体験を通して、世界にはさまざまな感じ方があること、そして、その違いの中にこそ、人の多様さと豊かさがあることを、静かに共有できればと願っています。

On the Web

http://taisukemurakami.jp/

採択員コメント(小川 浩平氏)

未来から現在を見つめるとき、問われるのは人間の完成形ではなく、その可塑性である可能性があります。本作品は、赤子の身体感覚を追体験することで、私たちが当然視してきた知覚やスケール感を揺さぶります。ぼやけた視界や不自由な運動は、人間という存在が本来、未規定で多様な可能性を内包していたことを思い出させます。身体を通して人とは何かを再び開く本作は、未来の視座から現在を問い直す重要な試みとして高く評価しました。

記憶は、誰のものか 〜Whose Memory Is It?〜(Olfactory / Natural Scent Designer 山本 美貴子)

本作は、香りという感覚メディアを通して、人間の記憶と認知のあり方を体験的に問い直す嗅覚インスタレーションである。

香りは、再現や言語化を試みることができる一方で、体験としては常に個別であり、確定しない。同じ香りを嗅いでも、人はそれぞれ異なる記憶や感覚に辿り着き、さらに他者の言葉や存在によって、その印象は容易に影響を受けてしまう。本作では、その不一致や揺らぎを欠陥として扱うのではなく、人間が引き受けてきた構造そのものとして提示する。

来場者は、他者が残した短い記憶の言葉に触れた後、ひとつの香りを嗅ぎ、自身の内側に立ち上がる感覚と向き合う。そして、その記憶を展示に残すか、持ち帰るかを自ら選択する。そこには正解や評価はなく、分析や最適化も行われない。

人間という存在を手放すでも、肯定しきるでもなく、矛盾や揺らぎを含んだまま意味を探し続ける。その態度こそが、これからの時代をささやかに更新していく人間らしさではないか。本作は、「Hello Human!」という未来からの呼びかけに対する、香りによる静かな応答である。

On the Web

https://www.instagram.com/atoy...

採択員コメント(長谷川 愛氏)

機械的なデータの正確さではなく、主観的で揺らぎのある「記憶の香り」を追求する姿勢に、デジタル化が進む未来における人間の残された領域を思います。正解のない感覚の世界を他者と共有する試みは、効率性や正しさを超えた「人間ならではの曖昧さ」を肯定し、豊かな想像力を提供してくれます。視覚情報が溢れる現代において、身体感覚に根ざした体験は、他者の記憶という未知の領域への深い共感を喚起します。五感を通じて人間存在の輪郭を改めて浮かび上がらせるプロジェクトです。

DULLTILE BOX - Dullness Tactile Box(吉原悠人)

手の甲の触覚は手のひらよりも感覚が鈍く、物の境界が混ざって感じられる傾向がある。
この「鈍さ」を逆手に取り、手の甲にさまざまな素材と動きを組み合わせて当てることで、 物の境界があいまいに溶け合うような感触を体験できる箱を制作した。

触覚が鈍い部位で感じる新しい触覚を『DULLTILE(Dullness × Tactile)』と呼んでいる。
箱の中に手の甲を上にして入れることでDULLTILEを感じ取ることができる。

リサーチ協力:三浦光梨
制作協力:古川真紀
展示協力:矢島大

On the Web

https://yuto-yoshihara.notion....

採択員コメント(鈴木 宣也氏)

本作は、手の甲の触覚が手のひらより鈍く、境界が混ざって知覚されやすいという身体特性に着目し、その「鈍さ」を積極的な体験価値へと転換した点が極めてユニークである。多くの触覚表現が精度や識別性の向上を目指すのに対し、本作はあえて曖昧さや溶け合いを志向し、素材と動きを組み合わせることで境界のにじむ感触を生み出している。手のひらではなく手の甲を用いるという単純な設定の転換が、知覚のモードそのものを変化させ、触覚を「識別のための感覚」から「混ざり合いを受け入れる感覚」へと再定義している点を評価した。

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