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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
郊外住宅地における空き地(更地)として残された「廃線跡」を絶滅危惧空間として扱う。対象敷地は、名鉄揖斐線跡のうち、伊自良川左岸に位置する800mの余剰地である。
その区間において、人の生活動線による畦道、ゴミ集積所、畑、花壇、物干し竿、バス停、公園、勝手口、祠、鳥居が観察された。
沿線住民が余剰地を少しずつ侵食し、この緑地帯を生活の中で使いこなしていた。
本提案では、名鉄揖斐線跡を軸に、土地固有の生活や地域の営みを受け入れながら展開する「廃線跡の変異モデル」を提案する。 -
なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
人口減少/都市縮減/朽ちるインフラの時代において、建築をめぐる行為は「建設」から「営繕」へと移行しつつある。さらにはその先に「解体」が見えてくるのではないだろうか。
ここでいう「解体」は一般的な解体事業とは異なり、新しい社会活動を求めるための「解体を設計すること」である。物理環境が何らかのかたちで私たちの社会活動を規定するならば、解体もまた私たちの生活を豊かにするための手段であると考える。
これより、「解体」を建築における積極的な要素とみなし、その前提を「解体指向」として定義する。
鉄道の解体においては、特に郊外において交通インフラとしての役割を終えた瞬間から、生活にとって「不便な空間」として扱われる。廃線になった後も、その場所に残された線形の土地は消えない。
主要都市部では、地下鉄化などにより線路が撤去された後、その土地は道路や商業施設、宅地への転用が検討される一方、郊外では利用方法が定まらないまま更地として残されることも多い。
本提案が着目するのは、この「廃線跡に残された生活の可能性」である。そこにすでに生まれている小さな生活を読み取り、次の時代の価値へと変異させる。 -
どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
私たちの提案は、廃線跡を一つの完成形へと変える「解答」ではなく、その土地に暮らす人々とともに変化し続けるための「解法(プロセス)」である。
対象とした800mの廃線跡には、花壇、畑、ゴミ集積所、物干し、畦道など、沿線住民の生活から溢れ出したさまざまな行為が見られた。これらは誰かが全体を計画したものではない。しかし、線路がなくなった後も残り続ける長い土地に、人々がそれぞれの暮らしを持ち込み、使いこなすことで、廃線跡には新たな豊かさが生まれていた。
私たちは、この「廃線ならではの長さ」に着目する。長い敷地に点在する小さな生活の営みを、一つの施設に集約するのではなく、それぞれの場所に必要な機能として受け止め、34の建築群として配置する。収納、物干し、食事、本を読む場所、自転車置場、子どもの居場所、バス停、見晴らし台など、沿線住民の生活から生まれるさまざまな行為を建築として受け入れることで、点在する生活が緩やかにつながっていく。
この34の建築群を、私たちは「廃線守の家」と呼ぶ。
「廃線守」は、廃線跡を管理する一人の人物ではない。彼は存在しない。彼とは、沿線に住むひとびとのことである。人々がそれぞれの暮らしの中で廃線跡を使い、手入れし、関わり続けることで、廃線跡そのものが「廃線守の家」へと変異していく。
これは、行政や設計者が上から完成形を与えるトップダウン型の計画ではない。地域にすでに存在する小さな行為を読み取り、それを受け入れることで、住民自身が使い、維持し、変化させていくボトムアップ型のプロセスである。
廃線を再び線路に戻すのではなく、線路がなくなったからこそ生まれた新たな「線」をつくる。点在する34の建築と人々の暮らしがつながり、廃線跡は交通インフラから生活のインフラへと意味を変異させる。
私たちが提案するのは、廃線跡の完成形ではない。人々の生活が溢れ出し、それを受け止めながら、使われ、守られ、変わり続ける「廃線跡の変異モデル」である。
