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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
本提案では、東日本大震災で被災し、保存されることも解体されることもなく、時間だけが止まったように取り残された建築を対象とする。敷地は宮城県石巻市牡鹿半島の港に隣接するアワビ加工場である。かつて港で水揚げされた海産物を加工し、漁港の営みを支えてきたこの建築は、津波によって役割を失い、現在も被災当時の姿を留めたまま風景の中に佇んでいる。それは震災遺構として保存された建築でも、再建された建築でもない。港の記憶を宿しながら、人々の営みから切り離され、静かに忘れられつつある「止まった時間」を抱えた建築である。
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なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
東日本大震災から15年以上が経過した現在、沿岸部には被災したまま使われることなく取り残された建築が数多く残されている。それらは震災遺構として保存されることもなく、解体されることもないまま、地域の風景の中で静かに役割を失い続けている。
一方で、その建築が支えてきた港もまた、人口減少や担い手不足によって漁業従事者が減少し、加工や出荷、漁具の手入れ、人々の交流といった日常の営みが少しずつ失われている。港は単なる漁業施設ではなく、地域の暮らしや文化を支えてきた公共空間でもある。しかし現在、その風景そのものが静かに消えようとしている。
この場所では二つの風景が同時に失われつつある。一つは震災によって止まった建築の時間、もう一つは社会構造の変化によって失われつつある港の日常である。
震災の記憶は建築を保存するだけでは継承できない。人が訪れ、働き、食べ、学び、語り合う営みが重なって初めて、建築は未来へ時間を刻み始める。本提案は、取り残された被災建築を更新すると同時に、港が育んできた営みや風景そのものを未来へ継承する新しい方法を提案する。 -
どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
本提案は、被災したアワビ加工場を「震災を記憶する建築」から、「港の未来を育てる建築」へ変異させるコンバージョンである。
建築を修復し、新たな用途を与えることだけが目的ではない。本提案が更新するのは、建築に流れる時間である。震災によって止まった時間と、担い手不足によって失われつつある港の日常という二つの時間を重ね合わせ、新たな営みを生み出す拠点として再生する。
建築内部には、水産加工や漁具の修繕、地域産品の販売、食堂、宿泊、ワークショップなど、港の日常を体験し、継承できる機能を複合的に配置する。観光客が地域を消費するだけではなく、漁師や地域住民、学生、研究者など多様な人々が港の営みに関わることで、建築そのものが港の活動を支えるプラットフォームとなる。
さらに、この建築はアワビ加工場単体で完結するものではない。港を起点に、浜、神社、高台住宅、震災の痕跡など牡鹿半島に点在する地域資源を結び付け、地域を歩き、知り、関わるためのハブとして機能する。建築から港へ、港から地域へと人の流れが広がることで、震災後に分断された地域の時間を再びつなぎ始める。
また、この提案は牡鹿半島だけに限らない。全国には、保存も解体もされず取り残された被災建築や、産業の衰退によって役割を失った港の建築が数多く存在している。それらを単なる保存対象として扱うのではなく、新たな営みを受け入れる「時間の器」として更新することで、地域固有の記憶や風景を未来へ継承することができる。
本提案が変異させるのは建築の用途ではない。港で水揚げされ、加工され、人が集い、食べ、語り合うという地域の日常を、再びこの建築へ重ね合わせることである。止まってしまった時間に新しい営みを受け入れ、未来へ流れ続ける時間へと更新する。建築は「保存」と「解体」の二項対立を超え、港の風景と営みを未来へ受け渡す存在へと変異する。
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止まった風景のコンバージョン ― 震災後に取り残されたアワビ工場がはぐくむ建築の余白 ―
東日本大震災で被災し、保存されることも解体されることもなく、時間だけが止まったように取り残された建築を対象とする。敷地は宮城県石巻市牡鹿半島の港に隣接するアワビ加工場である。かつて港で水揚げされた海産物を加工し、漁港の営みを支えてきたこの建築は、津波によって役割を失い、現在も被災当時の姿を留めたまま風景の中に佇んでいる。それは震災遺構として保存された建築でも、再建された建築でもない。港の記憶を宿しながら、人々の営みから切り離され、静かに忘れられつつある「止まった時間」を抱えた建築である。
