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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
全国に約4.5万軒残る「スナック」を扱う。1964年の東京五輪に伴う深夜営業規制を避けるため、酒に加えて軽食を出す飲食店として生まれ、届出だけで開業できる手軽さから全国へ広がった。駅前商店街が衰退しても最後まで残る、地域の社交場である。2015年には約10万軒とコンビニより多かったが、10年で半分以下になった。産業分類上の区分がなく正確な統計すら存在しないため、消えても記録に残らない。特定の一物件ではなく、この業態そのものを対象とする。実証地は、民泊が集まる一方で飲食店の乏しい成田空港周辺を第一候補とし、地域のスナック経営者、地元の酒屋、宿泊事業者を提案先に想定する。
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なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
私はスナックに行ったことがない。知ったのは、街を巡る動画番組だった。店ごとにママが違い、得意な料理が違う。郷土料理が、観光施設ではなく一杯の横で受け継がれている。行きたいと思った。しかし、扉を開ける勇気は出なかった。
この「行きたいのに入れない」感覚が、この空間を扱う理由だ。
スナックは、客が王様ではない珍しい商業空間である。ママが店の主で、客は招かれた側にいる。飲みすぎれば止められ、長居すれば帰される。お金を払っただけでは常連になれない。何度も通って受け入れられて、はじめて「その店の人」になる。この関係は買えない。買えないからこそ、そこが自分の居場所になる。駅前商店街が衰退しても最後まで残るのは、そのためだ。
だが、この良さがそのまま二つの弱点になっている。良さがママ個人に宿るため、引退すれば店ごと消える。常連との濃い関係が、そのまま新しい客をふさぐ壁になる。
2015年に約10万軒あった店は、10年で4.5万軒まで減った。原因はママと常連がともに歳をとり、継ぐ人がいないことにある。失われるのは建物ではなく、場を成り立たせる技術と、街の記憶だ。
続くこと、自力で回ること、人が自分ごととして関わること、外の人が訪れる理由になること。文化とはそういうものだと考える。スナックは後の二つを満たしながら、前の二つを欠いたまま消えようとしている。外から入れなかった私が、外から入れる道をつくりたい。 -
どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
変異の要は、スナックを「一軒の店」から「継承と巡回の仕組み」へ組み替えることにある。
1.並んで立つ時間をつくる
運営会社が引退期のスナックを引き継ぐ。ただしマニュアル化はしない。味が濃くても薄くても「ごめんね」で済む、その済み方こそが、あの場所が店ではなく家である証拠だからだ。
継承の方法は、引退前のママの横に数年立ち続けることに尽きる。一緒に仕込み、接客を見て、間合いを盗む。味も間合いも、人から人へしか伝わらない。記録に残すのは仕入先、仕込み暦、店の来歴、常連の呼び名など、復元できない事実に限る。問題は、この数年を支える収入がないことだ。
2.出張——常連空間を街の外へ開く
ママと後継者が、食材を持って宿や個人宅を訪ね、その土地の料理を作って振る舞う。房総半島の鋸南で、コンビニしかない土地の民泊に食材を持って現れ、その場で料理をふるまう女将に出会った。一人が成立させていることを、街のスナックが担えないはずがない。
需要は構造的にある。車で来た宿泊者は、飲めば運転できない。公共交通の乏しい地域では、宿から街へ出る手段もない。宿に飲める場所はなく、街へも行けない。この空白に誰も入っていない。
出張先は宿に限らない。民泊、簡易宿所、貸別荘、企業の研修所。地方には法事や祝い事で家に人を呼ぶ習慣が残り、支えてきた仕出し屋も消えつつある。
3.店に立つ人と、宿へ行く人は同じではない
一人のママが同じ夜に店と宿の両方にいることはできない。後継者が育つまで、出張の夜は店を閉める。二人で店を回すぶん人件費も倍になり、最初の一年は利益が出ない。それでも一緒に立つ時間をつくらなければ、渡らないものがある。
この計画の要は、出張の売上でママに引退を数年待ってもらうことにある。出張は売上を増やすためではなく、継ぐための時間を買うためにやる。
4.移動を担う一台の車
空港で客を迎え、宿へ送り、酒屋で酒を受け取り、ママを店から宿へ運ぶ。別々に必要だった動きが一人の稼働に収まる。送迎は無償とする。有償の旅客運送には許可が要るためだが、それ以上に、この一台の有無が宿で終わる夜と街へ続く夜を分ける。
5.制度の内側で設計する
出張時は、特定の客の隣に座り続けず、全員に向けて作り、注ぎ、配り、この街の話をする。調理の場から離れないことが風営法上の要件になる。酒は地元の酒屋が宿へ直接届ける。客が酒屋から買うため、ママは開栓して出すだけで売買に関わらない。酒屋もまた、同じ商店街で消えつつある業態だ。
社会実装された価値
消えゆく夜の社交場が、担い手ごと次の世代へ渡る。元手のない若者に、自分の店を持つ道ができる。旅行者は観光施設ではなく、その土地の台所で郷土料理に出会う。この型が届くのは4.5万軒のうち数百軒にすぎない。だが店が消えているのは需要がないからではなく、継ぐ方法がないからだ。前例が一つできれば、他の土地へ移せる。
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