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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
人口減少地域に残る農作業小屋、納屋、物置、離れなどの小規模な付属建築を扱う。これらは農具や資材の保管、収穫物の加工など、農村の生活と生産を支えてきた一方、離農、所有者の高齢化、老朽化により、記録されないまま解体されている。本提案では、青森県藤崎町にあった祖父母の小屋とその跡地を最初の対象とし、将来的には建物所有者、解体事業者、自治体との協働を想定する。
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なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
農作業小屋や納屋は、住宅や公共建築ほど目立たないが、土地の気候、農業、家族の生活に応じて修繕や増築を重ねてきた、身近な生活インフラである。柱の傷、錆びたトタン、塗り重ねられた壁、異なる年代の古材には、設計図や写真だけでは記録できない時間が蓄積されている。しかし一般的な解体では、それらは木材、金属、土などの廃棄物として分別され、どの建築のどの場所で、どのような時間を過ごしたのかという関係が切断される。保存には継続的な費用と人手が必要であり、転用にも新たな需要と持続可能な用途が必要となるため、すべての無名の小屋に適用できるわけではない。そこで、建築を元の姿や用途のまま残すのではなく、素材に刻まれた時間を別の存在へ移し替える。消えゆく建築を、由来を知らない人にも作用し、長い時間にわたって想像を生み続ける匿名的な記憶へ変えるため、この空間を扱う。
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どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
「BUILDING AFTERLIFE|建築の来世」では、役割を終えた建築を、保存、廃棄、単なる転用のいずれにも回収されない存在へ変異させる。
第一に、解体前の建物を実測・撮影し、所有者や利用者への聞き取りを行う。形態や用途だけでなく、修繕、増築、素材の由来、使われ方を記録し、その建築の時間を強く保持する部材を選び出す。第二に、柱、梁、屋根材、土壁、建具などを、傷、錆、変色、補修跡を消さずに取り外す。第三に、それらを元の建物へ復元せず、形と素材の関係を新たに設計し、用途を持たない彫刻や空間装置へ再構成する。
第一の実証である《解体と記憶》では、青森県藤崎町にあった祖父母の小屋を自ら解体し、古材、トタン、土壁などを、内部空間を持たない多面体へ組み直した。その思考の参照点は、フランス・ブルターニュ地方のカルナック列石をはじめとする巨石遺構である。巨石遺構は、建設目的や具体的な物語が失われた後にも風景の中に残り、人々に問いと想像を生じさせ続けている。本提案も、記憶を完全な情報として固定するのではなく、未来において再び記憶が生成されるための物質を残す。
完成した物体は、可能な限り素材の出自となった土地へ戻す。かつて日常の一部だった場所に、建築とも彫刻とも遺跡とも断定できない存在を差し込むことで、風景に小さな違和感をつくる。見る人は「なぜここにあるのか」「何からつくられたのか」「以前ここには何があったのか」と問い始める。その問いが、失われた建築や土地の変化を想像する契機となる。
将来的には、建物所有者、解体事業者、自治体、建築家、美術作家、地域住民が協働し、解体前の記録、選別解体、制作、設置までを一つのプロセスとして実施する。小屋、住宅、学校、工場、公共施設など、それぞれの素材、構法、土地との関係から、一棟ごとに異なる「来世」をつくる。解体を建築の終了工程ではなく、次の文化的な存在を生み出す制作工程へ変えることが、社会実装された時の価値である。
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BUILDING AFTERLIFE|建築の来世
人口減少地域で役割を終え、解体されていく農作業小屋や納屋を、そのまま保存するのでも、別の用途へ転用するのでもなく、建築を構成していた素材を用途のない未知の形態へ再構成する提案である。青森県藤崎町にあった祖父母の小屋を自ら解体し、古材、トタン、土壁などから制作した《解体と記憶》を第一の実証とする。素材に刻まれた傷や錆、補修跡を残したまま、彫刻、遺構、巨石、未知の構造物のあいだに位置する存在へ変異させることで、建築の記憶を一つの物語に固定せず、未来の人々の解釈へ開いていく。
