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眠り癖
私の大好きな川端康成の短編小説をまとめた本
「掌(たなどころ)の小説」に載っているもので、
中でも私の一番気に入っているお話です。
絵とあわせて楽しんでいただければ光栄です。
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眠り癖
髪の毛が抜けるような痛みに驚いて、
彼女は三度も四度も目を覚ました。
けれども、黒髪の輪が恋人の首に
巻きついていることを知ると、
「こんなに髪が長くなりましたわ。
ああして眠ると、ほんとうに髪が伸びるのよ。」という
朝の挨拶を思いついて微笑みながら、
静かに目を閉じるのであった。
「眠っちゃ厭だわ。どうして私達まで
眠らなければならないの?
愛する二人でいながら眠るなんて。」と、
彼女は彼と離れなくてもよくなった頃、
不思議そうに言ったものであった。
「眠るからこそ、人間は恋もするんだと
言うよりしかたがないね。
決して眠らない恋なんて、
考えても恐ろしい。悪魔のしわざだよ。」
「嘘よ。私達も初めのうちは眠りは
しなかったじゃないの。
眠りほど自己的なものはなくってよ。」
それはまことであった。
彼は眠ると間もなく、寝顔をしかめながら、
彼女の首の下から腕を引くのであった。
彼女も彼のどこを抱いていても、
ふと目覚めてみると、腕の力は
ゆるんでいた。
「それじゃね、髪の毛をきりきりきりと
あなたの腕に巻いて、しっかり握って。」
そして彼女は腕に彼の袂をきりきりと
巻いてつかんだのであったが、やっぱり
眠りは指の力を奪ってしまうのであった。
「いいわ。昔の人の言う通り、
女の髪の綱であなたを縛ってあげるから。」と、
彼女は黒髪の輪をつくって、
彼の首にかけたのであった。
けれども、その朝の挨拶も彼は笑うのであった。
「髪が長くなったなんて、くしゃくしゃに
もつれて櫛の歯も通らないくせに。」
そのようなことも月日が忘れさせた。
彼女は彼のいることも忘れて眠るようになった。
しかし、ふと目が覚めてみると、
彼女の腕はきっと彼に触れていた。
彼の腕は彼女のところにあった。
そうしようと思わなくなった頃に、
そうするのが二人の眠り癖となっていたのであった。
(川端 康成 掌の小説収録作品 「眠り癖」)
「掌(たなどころ)の小説」に載っているもので、
中でも私の一番気に入っているお話です。
絵とあわせて楽しんでいただければ光栄です。
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眠り癖
髪の毛が抜けるような痛みに驚いて、
彼女は三度も四度も目を覚ました。
けれども、黒髪の輪が恋人の首に
巻きついていることを知ると、
「こんなに髪が長くなりましたわ。
ああして眠ると、ほんとうに髪が伸びるのよ。」という
朝の挨拶を思いついて微笑みながら、
静かに目を閉じるのであった。
「眠っちゃ厭だわ。どうして私達まで
眠らなければならないの?
愛する二人でいながら眠るなんて。」と、
彼女は彼と離れなくてもよくなった頃、
不思議そうに言ったものであった。
「眠るからこそ、人間は恋もするんだと
言うよりしかたがないね。
決して眠らない恋なんて、
考えても恐ろしい。悪魔のしわざだよ。」
「嘘よ。私達も初めのうちは眠りは
しなかったじゃないの。
眠りほど自己的なものはなくってよ。」
それはまことであった。
彼は眠ると間もなく、寝顔をしかめながら、
彼女の首の下から腕を引くのであった。
彼女も彼のどこを抱いていても、
ふと目覚めてみると、腕の力は
ゆるんでいた。
「それじゃね、髪の毛をきりきりきりと
あなたの腕に巻いて、しっかり握って。」
そして彼女は腕に彼の袂をきりきりと
巻いてつかんだのであったが、やっぱり
眠りは指の力を奪ってしまうのであった。
「いいわ。昔の人の言う通り、
女の髪の綱であなたを縛ってあげるから。」と、
彼女は黒髪の輪をつくって、
彼の首にかけたのであった。
けれども、その朝の挨拶も彼は笑うのであった。
「髪が長くなったなんて、くしゃくしゃに
もつれて櫛の歯も通らないくせに。」
そのようなことも月日が忘れさせた。
彼女は彼のいることも忘れて眠るようになった。
しかし、ふと目が覚めてみると、
彼女の腕はきっと彼に触れていた。
彼の腕は彼女のところにあった。
そうしようと思わなくなった頃に、
そうするのが二人の眠り癖となっていたのであった。
(川端 康成 掌の小説収録作品 「眠り癖」)
