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首飾『宿主の脳』・胸飾『宿主の脳』

イラスト / その他
宿主の脳

 架空世界と現実世界では微細ながらも接点がみられる。
あるいは、交わってしまった部分とでもいおうか。
過去の例では、現実世界の昆虫学者が想像した異形の蝶が具現化したことがある。
逆に現実世界の影響が架空世界に現れることもあり、
お互いが向こう側を垣間見る機会が、非常に限られているとはいえ確実に存在する。
 ここで、とあるご婦人の話をしよう。これもやはり現実世界で起こった出来事である。

 彼女は広い庭を持っていた。季節ごとに多種多様な花を咲かせる植物に囲まれ、
それらを愛し世話に明け暮れる日々を過ごしていた。
その穏やかで普遍的な毎日が、ある日多肉植物の植わった一角でふと気付いたがために狂い始めた。
控えめに咲く可憐な花が余計に他を際立たせたのであろうか。
彼女には、肉厚な葉や茎が妙に生々しく、血が通っているとしか思えてならなくなった。
 他の植物同様、多肉植物の姿も様々だが、
確かに肌に似た、しかも打ち身などで起こる内出血にも似た色合いのものや、
まるで内臓のような赤味とてかり具合を持つものも少なからず存在する。
彼女は怪我や病気に対して酷く敏感であった。死を連想させる事柄を恐れ、極力排除していた。
それ故、肉体や臓器を思わせる植物に対して容赦なかった。
 その日のうちに多肉植物は一片残らず引き抜かれ、一角は丸裸にされた。
彼女はいずれ別の草花を植えるつもりで、どのようなものが相応しいかと考えを巡らせた。
だが、あの日気付いたことを忘れはしなかった。
 初めは些細な頭痛であった。ごくごく小さかったため、
市販の頭痛薬の服用で当面は気にせずにいられたのだが、日増しに無視できぬ痛みに変わっていった。
病院で検査するという手段がちらと脳裏をかすめるが、彼女は当然のごとく一蹴した。
 数日後、何日も庭作業する姿が見えないことを心配した近所の住人が訪れ、彼女の遺体を発見した。
多肉植物が植わっていたとされる場所で仰向けに横たわり、
掘り起こした三十センチほどの深さの穴へ仰け反らせた首を突っ込む異様な姿であった。
さらに、大きく開いた口は植物らしきもので塞がれていた。
 解剖の結果、脳の大部分で腫瘍が育っていた。
じつのところ、腫瘍であり植物でもある奇妙な物体という他ない代物なのだが、
塞がれた口元はそれが頭蓋骨を破って成長した所為であった。

 この「宿主の脳」は、件のとあるご婦人の大脳、小脳および脳幹のホルマリン標本である。
他の所蔵品と比べても、ひときわ異彩を放つものだ。
すでに脳としての機能を果たせないにもかかわらず、多肉植物と思われる部分は十分に繁殖している。
容器の大きさからか背丈がこれ以上伸びずにいるが、枯れた葉はよみがえり、次々と花を咲かせている。
誰も知らぬ間に紛れ込んだキメラ蝶が、時折花の蜜をついばむ姿も見られる。
 蝕まれた彼女は単なる器であったのか、どうやら寄生した側が病み衰えることはないようだ。

※「架空と現実の狭間展」展覧会図録の所蔵品紹介より抜粋および引用のうえ掲載。

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