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不気味な記憶 トゥースフェアリー

美術 / グラフィック / イラスト / その他
「抜けた乳歯を枕の下に敷いておくと、夜寝ている間にこっそりとトゥースフェアリー(歯の妖精)がやってきて、歯を持っていく代わりにコインを置いていく。」というおとぎ話がある。当時わたしの母はこのお話に倣ってコインを置いてくれていたので、わたしは疑いなくそれを信じていた。トゥースフェアリーと、異物が外れる感覚が楽しみで、歯がぐらぐらし始めると、早く抜けないかと自分の舌で押してみたりなどしていた。歯が抜けると、一時的に人気者にもなれた。というのも、当時通っていた小学校には、その月に乳歯が抜けた生徒の名を教室の壁に貼り出す習慣があったのだ。ある日、担任の先生が「現時点で歯がぐらぐらしている子は前においでなさい。」と、生徒を前に集め始めた。わたしにも抜けそうな歯があると、立ち上がろうとしたその時。いきなり先生が生徒の口に手を突っ込み、ぐらぐらの歯を勢いよく引き抜いた。抜けた瞬間に生徒の頭は大きく揺れ、抜ける時期を無視して、力技で抜いていることは一目瞭然だった。先生は抜いた歯を生徒に手渡し、受け取った生徒は、おそらく血もついていたであろう抜き立ての歯を、うっとりと眺めながら、席に戻って行った。その一部始終を見て恐ろしくなったわたしは、あげかけていた腰を誰にも気付かれないように静かに降ろした。そしてまた自分の舌でぐらぐらの歯を、いつものようにいじりはじめた。

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