- 1957
不気味な記憶 すすみず
母方の祖母は、わたしが中学一年生の時に腎不全による心臓発作で倒れた。福島の病院に駆けつけた時には体中がむくみ、点滴の管だらけになっていた。人工呼吸器無しには自力で呼吸も保てない。そのまま植物状態になった祖母を、一ヶ月に一、二度のペースで見舞う生活が続いた。その時から、「すすみずを吐くと、死ぬ。」という話を耳にしていた。長い植物状態により体の機能が著しく低下すると、次第に内臓から腐敗が進み、すすの混じったような黒っぽい体液を吐く。それを、その地方の人は「すすみず」と呼ぶのだそうだ。倒れてから一年後、祖母は遂に危篤状態になった。病室に入ると、親戚等が祖母の横たわるベッドを囲む様にして、すすり泣いていた。祖母の口にはどす黒い体液が溜まり、ガラガラと喉を鳴らす不気味な音と共に、腐敗臭と血の匂いが病室に充満している。以前聞いたすすみずの話で頭がいっぱいになった。もうこれが最後になるかもしれないからと、手をとらされた。一年半前に、わたしが知っている祖母は既に死んでいたようなものだった。死んだも同然と思うからこそ、変わってしまった祖母の姿を受け入れ、耐えてきたのに、すすみずを吐く祖母の手は温かかった。その瞬間に現実を突きつけられた気がして、今まで押し殺してきたものが一気に溢れだした。母を病院に残し、私と父が帰路につく途中で、祖母は亡くなった。