この建築は、元々1985年に磯崎新と伊東孝が設計したRC造の住宅であった。そんな住宅だが、老朽化等の諸事情により取り壊しの危機にさらされていた。ならばと、名乗りを上げた地元の企業があった。その企業は、自社のブランドを立ち上げるための店舗とするため、この住宅の購入に踏み切ったのである。近年、近代以降の名建築たちの取り壊しが後を絶たない。それは、国宝や重要文化財といった文化的価値の後ろ盾がないことも起因しているのであろう。そんな、この建築含めた名建築たちを「生きられた建築」とするためには、この地元企業の取った「購買欲という純粋な行動」が必要不可欠なのである。そうした下地背景があってこそ、このプロジェクトは存在しているのである。今後この建築のように近代以降の建築が、改修保存されていく段階に入っていくだろう。その先駆的な事例として、このプロジェクトがデザイン性のみならず、持続可能な社会の取り組みの一環や地域課題の向き合い方の一環として認知されることは非常に重要であると考える。
このプロジェクトでは建築を「リノベーション」するのではなく「チューニング」を合わせるように設計をしたことに意味がある。チューニングを合わせるということは、対象物に敏感で、些細なことを観察するということである。そこには、改修する建築とともに謎解きをするような、深く観察しながら設計する行為がある。そのチューニングするということが、時代が変われど建築を「継ぐ」ことにつながる。そもそも建築は時代に合わせて最適なチューニングをなされて設計されていると言える。しかし、時代を重ね、所有者が変わり、用途が変わると、当然のことながら当時の最適なチューニングからズレが生じる。そのズレをそのまま生かすのか、改修するのかという作業を一つ一つ選択し、チューニングし直したのがこのnimbus(ニンバス)である。一見すると何も変わってないと言えるし、ガラリと変わったとも言える。この「変わっているようで変わっていない」という感覚こそが、チューニングという行為の醍醐味である。チューニングとは、その都度コンセプトが流動的に変化し続け、それにより付加価値も変化しその変化に機敏に反応し、カスタムしていくことである。
福井県勝山市にある「磯崎新」設計の元住宅を改修し店舗化した、スカーフ&ライフスタイルショップnimbus。
既存の磯崎建築の強い形式性を持つ打放しコンクリート躯体(1050mm グリッドや天井ドーム)を「天」、その下での人の営みを「地」に見立てた。天と地の間でスカーフや雑貨達が、雲の様にふわふわと漂うような、やわらかい可変性を持つ臨機応変な商品展示(組み換え可能な大きなテーブル、吊りワイヤー用の壁に設置した丸環)を意図した。既存什器カウンターの塗り替え、床の張り替え、新たな什器の仕上げ等に、既存躯体とスカーフ等の商品が共存するよう表面のチューニングを行っている。
表面のチューニングとは、
■打放しのパネル割りにも用いられた1050 グリッドの写しとして什器寸法を設定。
■天板表面にはスカーフを引き立たせ、かつコンクリート躯体も引き立たせる素材として、軽さと硬さを感じる、ホワイトとシルバーのメラミン化粧板を使用。
■人の手に触る、座る、身体的スケール感を感じる箇所には経年変化しやすいラワンベニヤを用いる。
■硬いグレーのコンクリート壁と柔らかいタイルカーペットの床の間にあるカウンターの扉には、相反する質感を調停するスピーカーサランを用い、
対面に立つ大理石の壁の質感とも向き合うよう設定。
■コンクリート壁に取り囲まれた苔庭のようでもあり、柔らかめのタイルカーペットの床が、グレーな地(じ)としてスカーフを支える。
■壁に付けた複数の丸環は、ワイヤーを張り、ふわふわとスカーフ等を舞い踊らせるための装置として設定。
表面のチューニングを通じて、硬さと柔らかさが同居した建築が生まれ、時代に合わせた価値のレイヤーが重なった建築となった。
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MON, JUN 16, 2025 Updated