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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
対象は、地方に点在する廃業ガソリンスタンドである。
日本全国のガソリンスタンド数はピーク時の約6万件から現在約2万7千件まで減少し、30年以上にわたって廃業が続いている。廃業跡地の多くは地下タンクの処理コストを抱えたまま放置され、地域の空白になっている。
この提案は特定の一店舗への提案ではなく、全国どこにでも存在する廃GSへのプロトタイプとして構想する。キャノピー・給油ベイ・事務棟という標準的な構成を持つ物件を前提とし、固有の文脈を持たない「どこにでもある場所」であることそのものを、提案の出発点とする。 -
なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
ガソリンスタンドは、特別な場所ではなかった。給油して、すぐ出る。それだけの、純粋なインフラだ。人が滞留する理由も、記憶を積み重ねる理由も、特にない。固有の風土も、歴史も、文化的文脈も持たない。
だからこそ、変異の余白がある。
EV化・人口減少・燃費向上により、そのインフラとしての役割は急速に失われつつある。廃業した跡地の多くは、地下タンクの処理コストを抱えたまま放置され、地域の空白になっている。
この「何でもなさ」と「どこにでもある」、そして「必ず道沿いにある」という三つの特性を、提案の核心に置きたい。ガソリンスタンドが道路に面して建つのは偶然ではなく、車が来る場所に燃料を置くという機能の必然だ。その道は地方において街の主要動線そのものであり、廃GSは街で最も人の目に触れる場所に、空白として存在している。
一軒の廃GSをアートの場所に転用するのではなく、街に点在する複数の廃GSがネットワークになる。制作する場所、発表する場所、地域と交わる場所——かつて街に複数存在していたインフラが、今度はアートの回路として街に広がる。アーティストが街を移動しながら制作し、人が街を回遊する。固有の文脈を持たないインフラだからこそ、全国どこでも複製できる。 -
どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
既存の構造体をほぼそのまま使うことから始まる。
廃GSの建築的特質——大屋根(キャノピー)、道路への大きな開口、複数の給油ベイが並ぶ構成——は、手を加えずともアートの場として機能しうる器をすでに持っている。キャノピーはそのまま半屋外の制作・展示スペースになる。雨天でも使える大スパンの屋根は、大型インスタレーションや野外彫刻の制作環境として、既存の屋内スタジオにはない可能性を持つ。給油ベイは仕切りを取り払い、オープンなアトリエとして転用する。道路側に大きく開いた構造はそのまま活かし、通りがかりの人が内部の制作過程を自然に目にできる状態を維持する。美術館が街はずれの文化施設ゾーンに建てられるのとは根本的に違う。事務棟は資材置き場・管理スペースとして機能させる。内装はリセットするが、構造体・キャノピー・看板などGSの痕跡は意図的に残す。「何でもなかった場所」の記憶を消すのではなく、変異の証拠として場所に刻む。
一軒の廃GSで完結させない。街に点在する複数の廃GSが、それぞれ異なる機能を担いながら回路を形成する。制作に特化した拠点、発表・展示に特化した拠点、地域住民との交流に特化した拠点——アーティストは街を移動しながら制作し、鑑賞者も街を回遊する。このモデルの参照先として、富士吉田市のFUJI TEXTILE WEEKがある。織物工場や倉庫、空き店舗など街に点在する既存の建物を展示会場のネットワークとして活用し、街歩きそのものをアート体験にした取り組みだ。廃GSネットワークが目指すのも同じ構造である。さらに、滞在スペースはGSの外に求める。地域の空き家や廃校など、同じく絶滅に瀕する空間と組み合わせることで、GSネットワークは街全体の絶滅危惧空間の再生回路へと拡張される。
運営は、地元のNPOや自治体との連携を基本とする。アーティストの滞在費・制作費を一部補助するかわりに、滞在中に地域住民向けのワークショップや公開制作を行うことを条件とする。敷居を下げ、アートを「見に行くもの」から「街にあるもの」へと変える。運営コストは、自治体の文化振興予算・空き家対策予算・観光振興予算の複数の財源を横断して調達する。GSという建築が複数の行政課にまたがる課題を同時に解決する器であることを、財源の論理としても示す。
この変異が生む価値は、一軒のアートスペースの誕生ではない。固有の文脈を持たない「どこにでもある場所」がプロトタイプとして機能することで、全国どこでも複製できるモデルになる。文化資本の薄い地方の小さな街でも、廃GSさえあれば回路が作れる。インフラの空洞を、新しいインフラで埋める。それがこの変異の射程だ。
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PIT STUDIO
ガソリンスタンドを変異させた、アトリエ併設美術館
