次代の芸術評論を切り拓く、新しい才能の開花を目指し1954年よりスタートした「芸術評論募集」。今年70周年を迎える『美術手帖』の記念イベントとして、第16回が開催中です。今回は『美術手帖』編集長 岩渕 貞哉氏へのインタビューを通して「芸術評論募集」や『美術手帖』の歴史を振り返ります!
ー(AWRD編集長 金森 香、以下略) 今日は、いつかお話をおうかがいしたいと思っていたところ、なにやら重要そうなアワードをやってらっしゃると見つけて、ここぞとばかり参じました。
(美術手帖 編集長 岩渕 貞哉、以下略)ありがとうございます! こんな目立たないアワードを取り上げていただきまして。
ー なにをおっしゃいますか!天下の、『美術手帖』さんのコンペときいたら、AWRDがだまっていませんです。70年目ということで、どんな歴史があるかなど、まずは基本のところから教えていただけますか?
新しい領域と美術をつなげ、読者に開いていきたい。それができる書き手をいつも探しています
「芸術評論募集」は、1954年に始まった賞で、もともとは美術出版社が発行していた月刊『美術批評』の「新人の評論募集」という位置付けではじまりました。2回以降は『みづゑ』、『美術手帖』、『国際建築』、『デザイン』などとも連動し、8回以降は『美術手帖』を媒体に行われています。
第1回の一席は東野芳名さん、第2回は中原佑介さん、戦後の芸術評論家の御三家といわれたような方々が受賞したり、多木浩二、宮川淳といった日本を代表する美術評論家を排出していきます。また、「モノ派」の代表的作家の李禹煥(リ・ウーファン)や映像作家の松本俊夫など、アーティストも入選しています。
僕は2002年に編集部に入ったのですが、その頃「芸術評論募集」は、1993年に実施されて以降、しばらくのあいだ実施されていませんでした。それを当時の編集長が、いま一度新しい書き手を発掘する機会として2003年に、10年の空白をへて復活させました。その後は、不定期ながらも5年に1回くらいのペースで、創業100年、創刊60周年記念といった節目で開催してきました。
― どのような出会いがありましたかまた、受賞作はどんな作品が多いのですか?
一席を獲った方はもちろん、次席や佳作など入賞者の多くは、この受賞をきっかけに『美術手帖』で執筆してもらうようになっています。実際に執筆者の発掘の場にさせてもらっていて、ありがたいです。
受賞作は、第15回で一席だったgnck(ジーエヌシーケイ)さんは、絵画の話ではあるんですが、絵画におけるデジタル画像の問題に切り込んだり、次席の塚田優さんは高畑勲監督のアニメ『かぐや姫の物語』をアニメーションの歴史から分析していたりと、テーマはさまざまです。
美術史的な研究というよりも、新しい領域と美術をつなぐようなことを書いている人が、美術評論を切り開く存在として受賞しているのかもしれません。
―『美術手帖』という媒体の中で、美術評論というのはとても重要なものだと感じていますが、この賞の役割とは?
『美術手帖』の企画でも、アニメ、建築、ファッションなど、美術に隣接するジャンルも積極的に美術の視点から切り込むことをおこなっています。そこで重要になるのが、美術史を踏まえながら、新しい接続の回路を開くコンテキストをつくることですが、それができる書き手は貴重な存在です。この公募をきっかけに新しい才能の書き手と出会うことは、『美術手帖』にとってもいまや欠かせないものとなっています。
そして、美術評論ではなく芸術評論と名付けていている所以もそこあるのだと思っています。
― 『美術手帖』というものの中で、評論というのをどんなふうに捉えていらっしゃいますか?
『美術手帖』は書店に配本されて、未知の読者との接点をつくっていく雑誌です。そこでのテキストとは、売文というか文章の力で読者のいかに心をつかんでいくかが賭けられています。それは研究ではなく、評論でしかできないことだと思います。
また、アートの体験自体はとても個人的で、それ自体は他者と共有することのできないものです。そこで、アート作品の価値を人々と共有するには、アートを語る言葉の媒介が必要になります。いまメディアが多様化していくなかでも、個人的なアート鑑賞をパブリックな価値に昇華して次代につないでいくために、言葉による評論の役割は変わらずにもとめられていると信じています。
バックナンバーはネタの宝庫。もう一度新しい視点に戻れる
―これまで携わられてきた号で、印象的な、思い出に残る号を教えていただけますか?
創刊60周年記念のときに、60年間の選りすぐり記事を集めて、一冊の『美術手帖』として発行した号があります。「芸術評論募集」でも審査員をしていただいている椹木野衣さんに特任編集長として誌面づくりに関わってもらい、創刊号から最新号まですべての号(!)を見直して、再編集しました。
それはもう、ネタの宝庫というか、大変でしたが発見も大きかったです。例えば、書き下ろし小説の連載をしている時期もあったんです。
― 小説!?
そうなんです。小説家・評論家の小島信夫さんの短編が載っていたり。これの現代版をやろうと、小説家の福永信さんに相談して、現代の小説家に短編を書き下ろしてもらい、アーティストにはビジュアルを担当してもらう連載として蘇らせました(『小説家の家』として単行本にまとまっている)。
また、これまで草間彌生さんの特集を何度か企画していますが、その際もバックナンバーを繙いて、常に新しい視点を探しています。この膨大なバックナンバーを掘っていくと、いつでも原点に戻れるというか、かつての先輩編集者はこんな大胆なことをしていたのか!と逆に自由になれる気がします。
― 今回の70年周年に向けて新しい取組はあるんですか?
2018年から新しい連載「プレイバック! 美術手帖」を始めました。過去のある1号を選んで特集企画を振り返りながら、「当時はこういう切り口だったけど、そのテーマは現在とこんな接点が見いだせる」という新たな視点を紹介するものです。ここからまた新しい企画が生まれそうな予感があって、楽しみな連載です。
― 最近、オンラインのほうも手掛けていらっしゃいますね。同じ作品でも雑誌とウェブでは取り扱い方が違うのかなと思うのですが、その辺りは意識していることはありますか?
以前は、現代美術の専門誌として、紙媒体での『美術手帖』がジャーナリズムから批評、展覧会の案内まで、すべての役割を担わなければという気持ちで取り組んでいました。が、ウェブ版の美術手帖ができたことで、それぞれのメディア特性に適したコンテンツを振り分けることができるようになりました。車の両輪がそろったような感じです。
ウェブだと日々の速報的な話題や時事的なジャーナリズムの役割を果たすことに適していて、いっぽう雑誌は、じっくり掘り下げるべきテーマや、編集部ならではのアートシーンへの問題提起をパッケージとして、長く読み継がれていくような企画を練っていくことができるようになりました。
参加者や主催者は、継続的な関わりをどのぐらいできるかというのが、やっぱり重要
― 公募の面白さはまだ見ぬ人に出会える可能性があることなのかなと思っているんですけど、岩渕さんにとって公募の持つ面白さや力はなんだと思いますか?
公募での受賞がゴールなことはなく、あくまできっかけでしかないと思うんです。僕もアートのアワードに審査員として参加させていただくこともあるのですが、グランプリを獲ったからといって将来が約束されるわけではなく、意外にグランプリを逃したひとが後々活躍するケースも多く見ています。
なので、あくまでもステップとして、例えば審査員の人に改めてプレゼンするとか、そこで出会ったひとやチャンスをどうつなげていくかの意識が大切だと思います。どのくらい先の自分姿を想像して応募しているか、です。
一方で、主催者や審査員もどのくらいその後のチャンスを与えられるか。当たり前ですが、賞を授与して終わりではなく、継続的な関わりをもっていけるのかがやはり重要で、でもしっかりできているところはあまり多くないですよね。
― 最後に「芸術評論募集」に応募される方へのアドバイスをお願いします。
先ほども話しましたが、あくまでも『美術手帖』という雑誌媒体を舞台にした評論の賞なので、少し荒削りでも批評的に新しい価値を生み出している、ある種の飛躍があるものを読みたいです。
最低限の美術史的な背景などは必要ですが、むしろ一見突拍子ない仮設でも文章の力で読ませてしまう、力づくで説得させてしまうような、挑戦的な評論家の登場を待っています。
■PROFILE
岩渕 貞哉/『美術手帖』編集長
1975年横浜市生まれ。1999年慶応義塾大学経済学部卒業。2002年『美術手帖』編集部、2008年より現職。2017年、ウェブ版『美術手帖』をオープン。公募展の審査員やトークイベントの出演など、幅広い場面で現代のアートシーンに関わる。
https://bijutsutecho.com/
<イベント情報>
■ 第16回芸術評論募集
受付期間:2018年9月1日〜2019年1月11日23:59(必着)
テーマ:美術および芸術に関する評論。絵画、彫刻、写真、映像などの視覚芸術をはじめ、音楽、舞踊、演劇、建築、デザイン、芸術教育、博物館学、美学など、広く芸術全般を扱うものを対象とする。
表彰:第一席(賞状+副賞30万円)、次席・佳作若干名
URL:http://www.bijutsu.press/hyoron/
Photo by:テラウチギョウ