第一線で活躍されているクリエイターの方々に、作品制作のストーリーやインスピレーションの源についてうかがう「AWRD」クリエイターインタビューシリーズ。vol.2の今回は、クリエイティブディレクター・デザイナーの辰野しずかさんにお話をうかがいました。
プロダクトデザインを中心に、企画からディレクション、ブランディング、グラフィックまで、幅広い活動を国内外で展開している辰野さん。2024年10月3日から13日まで学芸大学のブックストア「BOOK AND SONS」で開催された展示「a moment in time -book-」の会場にて、2021年から取り組まれているアート作品の制作の裏側や、クリエイティブディレクションにおける辰野さんならでは視点についてお話しいただきました。
飴の中に梅の色を閉じ込めたアート作品「a moment in time -ume-」
-今回の展示では、草木染めの技法で梅の木から抽出した色を飴に閉じ込めた作品「a moment in time -ume -」と、それらを写真に収めた書籍の内容が展開されています。どのような経緯で作品制作がスタートしたのでしょうか?
辰野しずか(以下、略) 2021年に代々木上原にオープンしたオルタナティブスペース「などや代々木上原」の柿落としとして、個展の依頼をいただいたことがきっかけでした。
当初は、これまで私が手がけたプロダクトの展示依頼だったのですが、もう一つの拠点として、恵比寿にオープンしていた「などや恵比寿」を訪れた際に、数ヶ月後に取り壊されることが決まっていた民家を改修した特徴的な空間と敷地内に植えられていた、古く大きな梅の木が目を引きました。
梅の木は、などやのスタッフをはじめ、そこに集う友人たちから愛され、大事にされていて、その様子がとても印象に残り、この梅の木で何か作りたいなと漠然と考えていました。
当時はコロナ禍の真っ只中で、止まってしまっていた仕事もいくつかあり、自分自身のことや、ものづくりについて見つめ直す時間ができていた頃でした。同時に、世の中で環境問題や持続可能な未来について意識されるようになり、雑誌やWeb、TVなどの多くのメディアで、そういった特集を目にすることが多くなっていた時期でもありました。
私自身、これらの問題にはとても関心があり、それまでのクライアントワークに取りかかる際に意識していたのですが、コロナ禍をきっかけにより深く考えるようになったことが、今回の作品を制作するきっかけになったのかなと思います。
環境問題以外にも、世の中が大きく変化しはじめていた中で、ものの価値についてあれこれ考えているうちに、これまで普通とされてきた価値観を見つめ直し、自分自身が良いと感じられる価値について思いを巡らすようになりました。
-そういった考えから、今回の作品のアイデアにはどのように行き着いたのでしょうか?
私が20年以上続けている茶道の世界には、「いま、この瞬間」を大切にする考え方があります。人は変わらないものを求めてしまいがちですが、茶道の経験を通して、永遠に変わらないものなどあるのだろうかと疑問に思うようになり、移ろいゆくものの美しさや、その時にしか対峙できない価値を感じてもらえるものをつくりたいと考えるようなりました。
同時に、以前から普段のクライアントワークではできないようなプロジェクトをやってみたいという気持ちがあったので、移ろいゆくものへの憧れや魅力を伝える実験的なプロジェクトとして、数ヶ月後になくなってしまう運命の「などや恵比寿」の梅の木を使った作品をつくりたいと考えたんです。
-素材として飴を使用した理由は何だったんですか?
草木染めの技法を使い、「などや恵比寿」の梅の木から色を抽出することを考えたのですが、布や和紙ではなく、作品のストーリーを伝えることができる素材を探していたんです。結果的に飴を選んだのは、季節や樹齢、育った場所によって異なる色が抽出される草木の色との親和性を感じたからです。
飴は、湿度や温度などの変化でかたちが変わってしまう素材ですし、結晶化によって白く変色してしまいます。その瞬間にしか取れない梅の色を、同じかたちのまま留まることができない飴に閉じ込めることで、作品のストーリーを表現できるのではないかと考えました。
つくり手の魅力を伝えるものづくり
-普段のお仕事ではどのようなことを意識しながら取り組んでいますか?
独立した当初から、ものづくりの技術や素材の文脈を大事しながらデザインすることを心がけています。とはいえ、日々使うものとしてプロダクト自体が説明的になりすぎてもよくないので、私が素敵だなと思った魅力が、いつの間にか手に取った方々のそばにあるような、そんなバランスを探りながらつくっています。
最近あらためて、私自身が感動しないとなかなかものがつくれないことに気づき、ものづくりの中に潜んでいる素敵なところを探すようにしています。
「あなたのこういうところが素敵ですね」とつくり手の方々に伝えるような気持ちでものをつくることで、つくり手が自分たちの強みや魅力を再確認したり、周囲から褒められたりするきっかけをつくっていきたいなと。
そうして生まれたものが、手に取った多くの方々の心に響いた時には達成感がありますね。
-そういった文脈を理解するために実践していることはありますか?
大学の頃からリサーチ癖があって、素材や技術についてすべてを知った上でデザインしたい気持ちがあるんです。なので、協業するクライアントにはできるだけ多くの情報をいただくようお願いしています。
もちろん自分でもリサーチはしますが、つくり手の方々の中にはこちらでは計り知れないほどの情報があるので、できるだけたくさんのことを知ってから、ベストなものをつくりたいと思っています。
また、メーカーと協業する際に、その会社の強みがどこにあるのかを知るために、可能な限り工場を見学させていただくようにしています。直接仕事と関わりはなくても、地方からご招待いただいて工場を見せていただくこともありますね。もちろん、まだまだ行ったことのない工場もたくさんあるのですが、たまに布の工場へ見学にいくと、「以前、(三宅)一生さんがいらっしゃいましたよ」と聞くことも多くて、地方の工場でそういった先人たちの形跡に出会うのもおもしろいなと感じています。
板金にできる表現の可能性を探究した新作「Moment」
- 12年ぶりの開催となる「DESIGNTIDE TOKYO 2024」へ出展されますが、展示される作品について教えていただけますか?
長崎の株式会社日本ベネックスと協業した新作を発表します。日本ベネックスは公共物や工業製品の板金加工を専門に、とても精度の高いものづくりをされている企業です。ご依頼いただいてから工場へ訪問した際には、彼らの新たなものづくりに対する柔軟な姿勢が印象に残ったのと同時に、手工芸のような繊細な技術を発見することができました。
日本ベネックスの良さを最大限に活かすために思い浮かんだのが、シンプルなパターンが整然と並ぶ、幾何学的な形状のオブジェでした。道具のデザインにすると、耐久性や使い勝手などの要素が入り、板金の新たな可能性を狭めてしまうと考えたため、敢えてオブジェをデザインすることにしました。
板金技術において、幾何学的な形状を加工する際には、わずかな歪みやズレが目立ちやすくなります。熟練された高度な技術がなければ表現できない、幾何学的な形状のオブジェをつくることで、彼らの力が大いに発揮されたプロダクトが作れるのではないかと考えました。
ものづくりの過程では、わずかな歪みを直すために何度もリテイクをお願いし、試行錯誤しながら仕上げることができました。これだけ薄いフレームに仕上げるのは木材には向いていないですし、紙を折ったような薄さ1mmの造形物を、軽やかで凛とした形状のまま静止させているのは、板金技術ならではと言える表現だと思います。
真摯に、そして全力で活動を続けていくこと
-辰野さんはこれまでグッドデザイン賞や高岡クラフトコンペティションなどの審査員をされていましたが、ご自身の活動の中でアワードとの関わりはありましたか?
自分からアワードに応募することはこれまでありませんでしたが、2016年にエル・デコの「Young Japanese Design Talents」賞をいただいたことが、デザイナーとして背中を押してもらった経験としてとても大きかったですね。受賞連絡をもらった時にパソコンの前で号泣してしまったくらい、喜びの気持ちでいっぱいになりました。当時は自分のやりたいことをただ地道にやっていこうと思っていたので、これまでの活動をちゃんと見てもらえていたことがとにかく嬉しくて。
また、独立したばかりの頃に協働していた組紐屋さんの希望で、伝統的工芸品産業振興協会が主催しているプロジェクトに参加し、賞をいただいたこともあります。その翌年、別のプロジェクトでも受賞したことが、伝統工芸の界隈で名前を知っていただくきっかけとなり、その後の仕事にもつながりました。
グッドデザイン賞の審査員をするなかで、授賞式の場で泣いて喜んでいる方や、受賞をきっかけに活動に勢いが生まれている企業やチームをたくさん目にしています。そうやって受賞をきっかけに自信を身につけていく方々の姿を見ていると、アワードの存在意義を感じますね。
-最後に、若いクリエイターに向けてメッセージをお願いします。
若手クリエイターの場合はなおさらですが、自分の活動が誰にも知られていない状態だと、どうしても孤独を感じてしまう時期があると思います。それでも、私と同じように、活動を続けていればきっと誰かが見つけてくれることがあると思うんですね。
私自身、まさかグッドデザイン賞の審査員をするなんて当時は思いもしなかったですし、エル・デコの賞をいただくまでは、誰かに活動を見ていただけている実感を持つことができませんでした。それでも、つくり続けていれば誰かの目にとまることがあると思うので、自分自身が素敵だと思うことに対して真摯に、そして全力で取り組み続けることがなにより大事なんじゃないかなと思います。
プロフィール:辰野しずか
Creative Director & Designer, 株式会社Shizuka Tatsuno Studio 代表
クリエイティブディレクター・デザイナー。1983年生まれ。ロンドンのキングストン大学プロダクト&家具科を卒業し、2011年からデザイン事務所を設立。物事に潜む可能性を探り、昇華して可視化することを強みに、実用的な道具や情緒的なオブジェなどを創造する。意匠だけではなく、ブランドの中枢となるコンセプトメイクや商品企画にも多く携わり、「ものづくりの軸」を見定めたシンプルな表現を心がけている。その活動は従来の枠組みを超え、プロダクトデザインを中心に、アートディレクション、展示空間ディレクションや、フードデザイン、アート製作など多岐に渡る。
https://www.shizukatatsuno.com/
■イベント情報:
DESIGNTIDE TOKYO 2024
日程:2024年11月27日(水)〜12月1日(日)
会場:COREDO 室町 1「日本橋三井ホール」
https://designtide.tokyo/
執筆:堀合俊博 編集:AWRD TOP・会場撮影:阿部稔哉