コマーシャルムービーからソーシャルな映像プロジェクトまで、「心に刺さる」映像を手がけるくろやなぎさん。その源泉には、「好き」を追い求めて新領域にチャレンジしつづける軽やかさ、そして「音楽」への熱い思いがありました。
テレビ番組のジングル映像やコマーシャル映像、ミュージックビデオのディレクションなどを多数手がけながら、アートユニット『1980YEN(イチキュッパ)』としてビビッドなパフォーマンスをしている映像ディレクター・くろやなぎてっぺいさん。
クライアントワークとは別に、2013年から続けている『あいうえお作文RAPプロジェクト』では、「音楽と平和」をテーマにソーシャルな映像を制作しています。その舞台は、原発事故によって深刻な影響を受けた福島県南相馬市や熊本地震で被災した南阿蘇村など。
わたしたちがくろやなぎさんに出会ったのは、2016年の『TAKA VIDEO CAMP』という兵庫県の里山・多可町のPRムービーを共創するプロジェクトでした。町の人々のイキイキとした表情を写し撮る映像の魅力と、くろやなぎさん自身の相手を包み込むようなやわらかい人柄にすっかり魅了されてしまった編集部メンバー。
「くろやなぎさんの創作活動の源泉を知りたい!」…ということで、『ローカルを行く映像作家特集』に合わせてインタビューを決行。前編・後編に分けてお届けします。前編は、クリエイターとしての出発点から、ソーシャルな映像プロジェクトとして話題になった『あいうえお作文RAP』プロジェクトについてお話してもらいました。
クリエイティブの原点は「道路の仕事」?
―(AWRD編集部、以下略)くろやなぎさんが、映像作家になった経緯を教えて下さい。
(くろやなぎてっぺい、以下略)ぼくは、いわゆる美大を卒業してプロダクションに行って…というキャリアではないんです。
高校時代は落ちるところまで落ちて、ゴミみたいな人間でした(笑)。 テストでは12科目で赤点。頭はピンク色。三者面談で「お前はホームレスになる!」って先生に予言されました。さすがにホームレスは嫌なので、高校卒業後に近所にあった交通警備の仕事に就き、それから何故か道路カルチャーにハマっていきました。
―道路警備? クリエイターとしては異色な経歴ですね。
交通警備の仕事は、自分が旗をふるとみんなが注目して止まってくれます。はじめて社会の一員になれた気がしました。「注目されている」という感覚が気持ちよかったんです。
その後、「止まれ」などの道路表示の文字に魅せられて、20歳のときにそれらを描くラインマンの仕事に就きました。道路標示は定規などは使わずに一本の線だけで作図しますが、職人のおじさんたちが描くアールの美しさにすごく感動して。今でもぼくのタイポグラフィの師匠は、ラインマンのおじさんたちです。
―なるほど、道路標示からタイポグラフィの道に!
道路標示の文字って、描くひとによって精度がぜんぜん違うんですよ。ぼくももっといい「止まれ」を描きたくなって、タイポグラフィを学ぶために名古屋のデザインの専門学校に入学しました。
学校でタイポグラフィを学んだり道路のアートワークを作ったりしているうちに、今度はこのグラフィックを動かしてみたくなり、モーショングラフィックスを作り始めました。
―道路の仕事から、みごとにクリエイティブの仕事につながっている! 映像作家のなかで影響を受けた方はいますか?
たくさんいますが、とくにMr. Children のMVなどを手がける丹下紘希(たんげ・こうき)さんからは、多大なる影響を受けました。専門学生時代、丹下さんのワークショップを受けるために名古屋から東京まで『青春18きっぷ』で通っていました。
ー名古屋から東京に、すごい情熱ですね。
丹下さんのワークショップでは映像制作のメソッドを教わっただけでなく、芝居的なワークも行い、身体を使って多角的な視点から学びました。
たとえば、「床が全面針になっていると仮定して、ここからここまで歩いてみてください」とか、人と人との距離をいろいろ変えながら「恋人の関係を表現する」とか。
はじめて映像をプランニングしてグループで制作してみて、「映像ってこんなにたくさんの人たちで作られているんだ」とわかりました。これをきっかけに、どんどん映像の世界にはまっていきました。
アイデアは広さ、作家性は深さ
―くろやなぎさんの映像は、アニメーションから実写まで表現の幅が広いですよね。こうした多様なアイデアは、どうやって生まれてくるんですか?
もともと、アイデアのメソッドっていうのはあまり持っていなくて、どちらかといえばデザイン的なアプローチでしょうか。最近は『あいうえお作文RAP』や『TAKACHO PHYSICAL PROMOTION』のように、「予定不調和なもの」「コントロール不可能なもの」を映像に取り入れていくためのフレームを考えるのがおもしろいです。
撮影対象になる一般の方たちの顔を思い浮かべながら、「彼らにこんなことをしてもらったら、おもしろいんじゃないか」というイメージを形にしています。
―たしかに、その2つの映像は一般の人々の予想できないリアクションに魅力を感じます。くろやなぎさんにとって「アイデア」ってどんなものですか?
アイデアと作家性はすこし離れているような気がしていて、アイデアは地平として広がっていくようなイメージですが、作家性は自分の中を一点で掘っていく感覚。
ビデオアーティストとして活動していた20代のころは作家性を深めていくことに専念していて、アイデアを広げていくことに無頓着でした。
―アイデアは広がり、作家性は深さということですね。
いま、シェアオフィスで、佐藤ねじくんというアートディレクターの隣の席で働いていますが、彼は発想法の天才。お題に対してあらゆる角度からどんどんアイデアを出すことができて、即興ラップのライブみたいな打ち合わせをしているんです。
ねじくんとは10年来の友人。一緒にプロジェクトをすることも多く、僕も影響を受けてアイデアを広げるアプローチを意識するようになりました。自分としては発想法を学んでいる最中です。
東北震災をきっかけに生まれた映像プロジェクト『あいうえお作文RAP』
―『あいうえお作文RAP』プロジェクトでは、子どもや女子高生からお年寄り、外国の方まで、人々が自身の思いを「あいうえお作文」と「ラップ」というかたちで披露する映像が話題となりました。このプロジェクトがはじまった経緯を教えてください。
『あいうえお作文RAP』がはじまったのは、丹下さんが主宰するNOddINという、東日本大震災以降にはじまった映像ディレクターによるソーシャル・プロジェクトに参加したことがきっかけでした。
それまで、ぼく個人としてはときどき復興ボランティアに参加していましたが、震災から2年間くらいクリエイターとしてのアクションを起こせませんでした。震災で価値観をひっくり返されて、映像をつくることに無力さを感じていたんです。そんな中、NOddINの展覧会を見てすごくいいなと感じて、2013年から参加させてもらいました。
ちょうどその頃、スペースシャワーTVさんからNOddINに「平和を願うCMをつくりたい」というオファーがありました。みんなでディスカッションやプレゼン大会をした中で、『あいうえお作文RAP』のアイデアがソーシャル的というか、いろいろな人が参加できるとなり、採用されました。
「生まれたてのラップ」の魅力
『あいうえお作文RAPプロジェクト』より
―なぜラップという形にしたんですか?
自分がラップが好きということもあるんですが、ラップにはマイクと音源さえあれば誰でもできる手軽さがあります。ラップを歌うこと自体はハードルが高いけれど、リズムに乗っていれば成立するし、『あいうえお作文ラップ』に関してはリズムに乗れていなくてもいいんです。
ラップ自体のバックグラウンドが、もともと社会的に弱者とされる人々が世の中に向けてメッセージを伝える手段だったという点も、一般の人々の声を広く伝えるプロジェクトに合っていると思いました。
―出演している方たちが、みんなすごくいい表情をしてますね。どんなふうに演出や演技指導をされているんですか?
このシリーズに関しては、ぼくはほとんど指示や演出をしていません。基本的に、出演する方におまかせです。
出演者ひとりにつき6テイクぐらい撮りますが、プロの方だと最初から最後までほとんど均質な内容になります。でも、一般の方は探りながら演じるのですべてのテイクで全然違うものが撮れるんです。
みなさん、回を重ねるごとに上手になります。でも、作品として採用するのは1テイク目か2テイク目の「生まれたてのラップ」が多いです。
―せっかく上手になったのに!
出演するほとんどの方が、この撮影のために「生まれて初めて」ラップをするんです。僕らスタッフとしては、その瞬間に立ち会えることがすごく嬉しくて。
「生まれたてのラップ」には、ぼくたちにはできない到達点のようなものがある気がします。あるおじさんは途中からリズムが少しずつずれて、終わりだけピタッと揃う。出演する方には「失敗してもいいんですよ」と伝えながら、失敗したシーンを使わせてもらったりもしています。
―素人「だから」できる、ラップの良さがあるんですね。
後編はこちら
Profile:
くろやなぎてっぺい/映像ディレクター
2005年からフリーランスの映像作家として活動を開始。ミュージックビデオ、TVOP・ アニメ ーション・プ ロダクト・ゲームコンテンツなど多方面で活躍。「映像作家100人」 選出。またNOddINのメンバーとして 「あいうえお作文RAPプロジェクト」を企画。 芸術分野でも広く活動しビデオアートやインスタレーション 作品を発表。文化庁メディ ア芸術祭、アルス・エレクトロニカ、SIGGRAPHを初め、国内外のメディアアートフェスティバルに多数参加。またアートユニット1980YEN(イチキュッパ)を旗揚げし、音楽、 映像、現代美術をミックスした独自のスタイルで活動。
Website:http://nipppon.com