クリエイターやデザイナーが本気で和文タイポグラフィ(もじ)のグッズをつくったら、どんな愛すべき「モノ」が生まれるだろう?
そんな思いつきからはじまった、もじ×モノづくり活動『もじモノ』では、デザイナー/クリエイターのみなさんがFabマシンを使いながら、「和文タイポグラフィが主役のものづくり」を実験・実践します。
今回は、装丁家・書体デザイナーで、nipponia主宰・山田 和寛(やまだ・かずひろ)さんが、職業用刺繍ミシンを使ってオリジナルグッズを製作。8月10日にFabCafe Tokyoで開催された『もじモノ ナイトマーケット』で、自らの屋台に出品しました。
ここでは、山田さんの「ぐっとくる」もじモノグッズ製作のようすをご紹介します。
聞き手: 添田 奈那(loftwork) 編集: 岩崎 諒子(loftwork)
企画: loftwork / IDEASKETCH / FabCafe Tokyo
山田和寛さんについて
山田さんは、「牛若丸」を主宰するブックデザイナー・松田行正さんのもとでエディトリアルデザイナーとして活動後、世界各国に拠点を置くグローバルなフォントメーカー Monotypeへ。タイプデザイナーとして「たづがね角ゴシック」の書体デザイン・開発に携わりました。
現在はひとりデザイン事務所「nipponia」の主宰として、文字のデザインを軸に装丁やグラフィックデザイン、ロゴデザインなど、ビビッドながらも使い手を選ばない、広い層に届くデザインを手がけています。
Monotype在籍時代、山田さんが、タイプディレクターの小林章さん、タイプデザイナーの土井遼太さんとともに手掛けた「たづがね角ゴシック」。視認しやすく、文字組みしやすい書体として定評があります。
タイポグラフィはもちろん、箔押しやカバーのつくりに至るまで、細部にこだわった工芸品のような装丁デザイン…!!
多彩な書き文字も、山田さんが得意とする表現。ひとつひとつの文字の背景に、ストーリーを感じさせます。
刺繍ミシンで「もじモノ」づくり
山田さんが、FabCafeにあるさまざまなFabマシンのなかから関心を持ったのは、ブラザー社の職業用刺繍ミシン「PR1000e」。10本の針を搭載し、デジタルデータをもとに図案をどんどん刺繍していく刺繍ロボットです。
装丁家として活動する山田さんは、機械刺繍という技術が装丁のあたらしいアイデアにつながるのでは、と考えたようです。山田さんのもじ×機械刺繍で、どんな化学反応が起こるでしょうか?
上達してはならない、ヘタウマ描き文字
文字を活かした骨太なデザインを得意とする山田さんですが、今回モチーフとなる文字はこちら。なにやらたくさん描いていますが….
なぜか「由布院」。そして、ちょっとゆるい…?
書道でもペン習字でもない、うまいとも下手ともつかない、独特なあじわいのある文字。一見、「あまり字を書くのが得意でないおじいちゃんががんばって書いた『由布院』」にも見えます。
じつはこの文字、利き手とは逆の左手を使って描いています。山田さんは、以前、ねこをテーマにしたミュージックビデオの文字デザインを手がけたときに、「“自分で頭がいいと思い込んでるねこ”が描く文字ってなんだろう?」という疑問から試行錯誤し、この手法を発見しました。
手が震えるほど力を込めて書くのがポイント。
あえて利き手と逆の手で描くことで文字に自然なゆがみ・揺れがうまれ、その偶然性を活かして、味のあるヘタウマ文字ができあがります。山田さんいわく、しばらく左手で描き続けていると上達してしまいそうなので、なるべく上手にならないように心がけているとのこと。
山田さん「もし上手くなってしまったら、次は足とか口で描きます」
添田「そうなんですか…」
決して上達してはいけないヘタウマ文字。果たしてどんな、もじモノになるのでしょうか?
温泉街グッズ?
「由布院」のつぎは、「指宿(いぶすき)」。やっぱり温泉地?
ひとつの単語を制作するのにA4サイズの紙2枚分ほど書き込み、そこから「形の面白さ」「まとまり感」などを見て、良いものをじっくり選択。
1つを選んだら、iPhoneで撮影し、Adobe Captureを使ってデータ化。刺繍ソフトで刺繍用のデータを作成します。
書き文字 × 機械刺繍
さきほどの手書きデータと、山田さんのオリジナルフォント「nipponia sans」を組み合わせたロゴを作りました。刺繍専用のソフトにデータを読み込み、加工していきます。
刺繍ソフト上でデータが完成したら、刺繍ミシンにデータ取り込み、刺繍の準備を始めます。ミシンの設定が終わったら再生ボタンをスタートし、あとは刺繍ミシンに任せます。
山田さん、この企画をきっかけにかなりヘビーに刺繍ミシンを利用しているので、慣れた手つきです。
ミシンは10本の針を交互に使って、素早く縫っていきます。
できあがりはこちら、「指宿」ロゴが刺繍になりました。
アウトラインを刺繍化したことで、紙に描いたときよりもやや丸みを帯びたかわいらしい印象に。水色とピンクの糸の組み合わせも、不思議とポップな雰囲気を醸しています。指宿なのにポップ!
こうした試行錯誤を経て、出来上がったキャップがこちらです。
温泉地のキャップと、「ハトヤ」の文字があしらわれたキャップができあがりました。
「ハトヤ」は、山田さんが静岡県にあるとあるホテルのネオン看板にインスパイアされて制作したインタラクティブ作品『HTY』の文字をいかしたデザイン。ほかにも、「由布院」「指宿」のキャップを作りました。しかし、『HTY(ハトヤ)』はともかく、なぜ温泉地?
タイポグラフィ作品には言葉がつきものですが、山田さんは個人で作品をつくるときはメッセージやコピーのような内面から出てくる言葉を扱わず、なるべく「我」や「自意識」がでない言葉をモチーフとします。理由は、「そのほうが気恥ずかしくないから」だそう。
こちらの温泉街キャップシリーズは、刺繍によってほどよいゆるさを帯びた描き文字とポップなカラーによって、ひとクセある愛嬌たっぷりなアイテムに仕上がりました。
ほかにも、書き文字で魚の漢字ワッペンを製作。みなさんは、いくつ読めますか?
校章 × 刺繍?
もうひとつ、山田さんはこちらのマークを使ってものづくりをしました。
どこかの学校の校章に見えますね。実はこれ、山田さんが作り出した「架空の」校章です。
山田さんが開発した「校章ジェネレーター」は、好きな模様を選んで組み合わせれば、誰でも架空の「校章らしきもの」が作れてしまう便利(?)なツール。山田さんは家紋から形を受け継いでいる校章を見て各パーツの組み合わせの妙を感じ、このジェネレーターを作成したそうです。
ジェネレーターはだれでもブラウザ上から体験できます!
『校章ジェネレーター(http://www.nipponia.in/emblem/...)』
この校章でつくったグッズがこちらです。校章が刺繍されたトートバッグとサコッシュ。
シンメトリックな校章と赤と白のツートンの組み合わせが存在感を放っており、あたかも「学校公式バッグ」であるかのような風格を漂わせています。
これら、山田さん本人がつくった数量限定「もじモノ」グッズは、8月10日にFabCafe Tokyoで開催された『もじモノ ナイトマーケット』でも大好評でした!
マーケットでは、「nipponia ストアー」として出店。キャップがあっというまに売り切れていました…
言葉を選ぶときに「我を出さない」という山田さんは、今回の「もじモノ」グッズ製作では温泉地や校章のような、みんなが「どこかで見たことがある」言葉やマークをモチーフに選びました。
「なぜ校章?」「なぜ温泉地?」という疑問はありつつも、その脈絡のないナンセンスさと、公式感が漂うのに非公式という「ありそうでなさそう感」が見逃せない魅力を放っていました。また、人々がモチーフに対して抱いている共通認識に対して意外性やギャップのあるデザインを持ち込んだことで、お客さんの視線とハートをがっちり掴んでいました。
山田さんの「もじモノ」グッズには、ふだん書籍の売上を左右する装丁を手がけている山田さんならではの仕掛けが光っていました!「nipponia ストアー」は、今後もイベントで出店予定があるそうなので、ぜひTwitterをチェックしてみてください。
山田さん、ありがとうございました!
Profile:
山田 和寛 /装丁家, 文字・グラフィックデザイナー
多摩美術大学を卒業し松田行正氏に師事。その後、書体メーカーMonotypeで初代和文書体デザイナーとして「たづがね角ゴシック」に携わる。 2017年6月に装丁家・文字/グラフィックデザイナーとして独立。 nipponia主宰。http://www.nipponia.in/