「八尾の企業と世界へ。」をテーマにはじまった「YAOYA PROJECT」。大阪市の南東部に位置する八尾市は、町工場が多く存在するものづくりのまち。しかし、企業の多くはBtoBに特化。国内外多数のメーカーからの無理難題を技術力で解決する力がありながら、そのポテンシャルをエンドユーザーまで届ける機会に欠けていました。
だからこそオリジナルのプロダクトをつくって、八尾市の企業が持つ高い技術を、もっと多くの人に届けていきたい。今後数年かけて日本の、さらに世界のさまざまな市場への展開を目指そう。そんな思いをもって「YAOYA PROJECT」はスタートしました。
初年度の舞台はいきなり日本を飛び出し、台湾! プロジェクトも佳境にせまった2020年2月上旬、参加チームのひとつである「ホトトギスチーム」にお話をうかがいました。ホトトギスチームは若手デザイナーのコンビと「蚊帳ふきん」を製造する企業がタッグを組んだチーム。
当初は想定していたプロダクトが、メンターからの厳しい評価によってギリギリのタイミングで白紙になるなど苦労があった彼ら。デザイナーとして若いゆえの経験値不足を補うため、新たにつくり直したアイデアにどう説得力を持たせるか……。
手探りのなかで邁進した3人に、プロジェクトをどんなふうに振り返ってもらいました。
テキスト:平山靖子 撮影:岡安いつ美
木倉谷伸之
埼玉県出身。2018年に東京造形大学デザイン学科インダストリアルデザイン専攻を卒業。ヒトの生活に寄り添ったデザインのあり方を模索中...。現在は家電メーカーにてプロダクトデザイナーとして勤務。
盛 利和
ホトトギス株式会社代表。ベビー用肌着のメーカー勤務を経てホトトギス株式会社を立ち上げる。製造するプロダクトは天然素材100%にこだわり、同社を代表するふきん「Sodateru Fukin」は大手雑貨店などで販売されている。
塚本 裕仁
富山県出身。2018年に首都大学東京大学院システムデザイン研究科インダストリアルアート学域を卒業。プロダクトデザインを軸とした課題解決提案を得意とする。現在は精密機器メーカーにてプロダクトデザイナーとして勤務。
蚊帳ふきんの特徴を活かした「ひかりだけを通す仮眠アイマスク」
ー:プロジェクトも山場ですが、いかがですか。
盛さん(以下、盛):プロダクトはいま、こんな感じです。蚊帳ふきんの素材でアイマスクをつくるという方向性に落ち着いて、試作の精度を上げているところで。
ー:仮眠に特化したアイマスクなんですね。「ひかりだけを通す」というコンセプトはどういう意味でしょう。
木倉谷さん(以下、木倉谷):蚊帳ふきんって目の粗い生地が8枚重なっているので、目の上に乗せたときにうっすら光を通してくれるんですよね。一般的なアイマスクって真っ暗に光を遮断するものが多いんですが、仮眠だとそこまで視界を遮らなくてもいいんじゃないかって。適度に明るさが保たれるので眠りすぎることもないですし。
塚本さん(以下、塚本):外の情報を完全にシャットアウトせず、かつパーソナルな空間も守ることができる。仮眠にちょうどいいものを目指しました。蚊帳ふきんの持つ素材自体の柔らかさも、リラックスタイムにマッチするなと思っていて。
盛:でも、フチを別の素材で囲うように縫う「パイピング」と呼ばれる工程がまだ難しくて……。蚊帳ふきんって洗えば洗うほどに繊維が柔らかくなって、肌触りがよくなるという特徴があるんですけど、縮むんですよね。洗っていない時と1度洗いをかけた後だと生地が縮むぶんパイピングにヨレが出てきてしまう。
塚本:蚊帳生地とパイピングの生地の伸縮性が違うんですね。
木倉谷:素材を変えることでうまく解決できるのかな……。たしかに外周がクシャッとなっているけど、肌触りは圧倒的にいいなあ。
ー:触った感じこれってコットンですよね。パイピングの生地を、シワ加工されているものにするとか……?
盛:うーん、なるべく天然素材にこだわりたいところではあるんですよねえ。
ー:洗う前のビフォーアフターを触り比べると、やっぱり洗った方が柔らかくて気持ちいいですよね……って、すみません。いきなりミーティングになってしまった。本題に入ります(笑)!
一度ゼロに立ち返ることで事業者のメリットを生かすアイデアが生まれた
ー:今回のプロジェクトのテーマが「心を豊かにするプロダクト」。盛さんがこのアイマスクのアイデアを選ばれたきっかけって何だったんでしょうか。
盛:そもそも当初はもっと別のプロダクトをつくる予定で動いていたんですよね。
塚本:そうなんです。最初のアイデアは、蚊帳ふきんの質感を活かしたストールをつくるというものだったんです。2019年の秋に台湾へリサーチしに行ったんですが、初案であるストール制作を目標として、現地を調査して街を回りました。
ー:なぜそこからアイマスクに?
塚本:リサーチを終えて実制作を進めていくなかで、プロジェクトのメンターさんにアイデアを共有してアドバイスをもらう機会があったんです。しかし、そこで厳しい評価をいただきまして……。
ー:なんと!
木倉谷:軽くて、ナチュラルでやさしい質感。僕たちは蚊帳ふきんの特徴をもって「羽衣のようなストール」というコンセプトを掲げて製品づくりに入ったんです。ただ、柔らかな手触りのストールはすでに競合がすでにたくさんいるだろうと。仮にストールをつくったとしても、類似製品が無数あるなかで、株式会社ホトトギスが儲かるのか?って。
塚本:ブランドの方向性はいいけれど、今の状況では難しい。もっとホトトギスさんの強みを活かしながらチャレンジするプロダクトをつくったらどうだ、とバッサリ切られてしまいまして。
木倉谷:「羽衣」を冠するならレーヨンでもいいじゃんって言われ……。
ー:つ、つらい……!
木倉谷:しかもですね、それを言われたのが年末の時期だったんです。時間もないなかで白紙になっちゃって、正直めちゃくちゃ落ち込んだし、何なら体調を崩しました(笑)。
ー:うーん、想像するだけで胃が痛くなってきました。コンペを開催してまで「新しいものをつくる」という道の先に据えられた目標の高さを感じます。
盛:メンターさんは僕たちよりもプロダクトを俯瞰して見ていて、市場で展開したときにどうなるかを考えたうえでアドバイスをくれていたんですが、僕たち自体はキャッキャと制作を進めていたので、白紙撤回になった時は僕も「どないしよ……!」と焦りましたね(笑)。
ー:では、そこからどうやってアイマスクに?
木倉谷:もともとアイマスクはフラッシュアイデアとしては持っていたんです。しかし、メインアイデアにするまでの具体性は思いついた時点では構築しきれていなくて。
塚本:自分たちのアイデアやデザインのスキルで、どうやってホトトギスさんにメリットを出すか、改めて考えた末にアイマスクを具現化させようと。チャレンジングなプロダクトを世に出すのならば、蚊帳ふきんの特性を活かしたアイマスクはどうだろうかと、改めて提案し直したんです。無事に、新規性がありそうだと評価をいただきました。
木倉谷:一度ゼロに立ち返ってみることで、肌に触れた時の質感はもちろん、光をほどよく通すという初案では見つけられなかった蚊帳ふきんの魅力を発見することができました。ギリギリまでブラッシュアップを続けたいと思います。
盛:そうですね。ねえねえ、この縫製なんやけど、縦の方がいいのかな、横の方がいいのかな……。
木倉谷:見た目としては縦に縫い目が入ってる方が綺麗ですよね。
塚本:この縫製の方向って洗った時の縮み方に影響します?
ー:インタビュー後にやってください(笑)!
知らないおじいさんが直接に感動を伝えにきてくれた
ー:盛さんにおうかがいします。「YAOYA PROJECT」に、株式会社ホトトギスが参画されたきっかけはなんでしょう?
盛:八尾市の商工会議所からのメールですね。こういった取り組みが始まるので、興味のある事業者は事業内容などの資料を持参してプレゼンをおこなってくださいとお知らせされたのがきっかけですね。
ー:これまで何か、新しいアイデアを具現化させる取り組みはご自身でおこなっていたんでしょうか。
盛:僕自身、もともとアイデアを考えることは好きなんです。「こういうものをつくってみようか」と挑戦することもあります。ただ、やはり僕が考えられるアイデアは僕の持つキャパシティを超えることはないんですよね。新しいプロダクトを生み出したり、未経験の分野に飛び込んだりなどは他の方に力を借りないと実現できない。そうした機会を探していたところでした。
ー:プロジェクトに参画されて大きな変化はありましたか?
盛:八尾市のなかでは「YAOYA PROJECT」広まりつつあるのかなとは思います。でも、まだまだ世間一般には知られていないのかもしれませんね。
ー:プロジェクト自体は新聞などで紹介されるなどしていますしね。しかし、世間に認知されるのは一朝一夕ではいかないとは思います。
盛:ただ驚いたことがひとつありました。先日、まったく知らないおじいちゃんが事務所にいらっしゃったんですよ。アポなしで。うちの事務所なんて小さな工場ですし、一体急にどういった用事だろうと思って対応したら、新聞を読んで感動したと。その感動を伝えるために、たまたまうちを選んで来てくれたんですよ。
ー:そんなことがあるんですね!町の人の心を動かす取り組みだということですね。
盛:そうですね。しばらくおじいちゃんと立ち話をしていたんですが、作業も詰まっていたので取り急ぎ同じ事業者仲間である錦城護謨さんを紹介しました。
ー:なんてことを(笑)!!
盛:錦城さんなら会社規模も大きいし、僕よりも対応がお上手かなって……(笑)。
スペックで劣るぶんを世界観でカバーする戦い方を見つけた
ー:木倉谷さんと塚本さんにおうかがいします。今回、プロジェクトに関わっていかがでしたか。
塚本:普段はデザイナーといえどもサラリーマンをやっているので、いつもの業務では知ることのできなかった町工場の深部まで見ることができたのは非常にいい経験でした。また、プロダクトの制作のためのコンペは他にも事例があるんですけど、「YAOYA PROJECT」ってけっこう特殊な部分があると思いましたね。
ー:どういったところでしょう。
塚本:プロダクトのコンペって、一般流通する商品になりえるかよりも、新規性が強いとか社会問題を解決する手段になりえるとか、そういう点に評価基準を定められることがよくあるんです。
木倉谷:たとえば文房具メーカーのコクヨが開催している「KOKUYO DESIGN AWARD」の受賞作品も、そういう毛色が強い。
塚本:でも「YAOYA PROJECT」は、真新しいことだけではなく、事業者さんがいてベースとなる技術……つまり使えるスキルや素材に縛りがあって、なおかつきちんとお金になるものをつくらなければならないという前提があるんですよね。アイデアだけ飛び抜けていても商品化できなければダメだし、スキルや素材を使って商品化できても陳腐だと今度は売れない。何がよりよいのかはとても悩みましたね。
ー:なるほど。
塚本:トライアンドエラーを繰り返しながら、売れるレベルまで持っていくことの難しさ。会社だとそれが多くの人の力を使って解決に持っていけるんですが、木倉谷くんと僕と盛さんの少人数で解決しなければいけない。経験不足を痛感しましたね。
木倉谷くん:筋肉痛が常にあるというような感じでした。会社員としての仕事とまるで違うので、普段使っている筋肉と全然違う部分を使う必要がある。いままでのトレーニングがちっとも役に立たないということも多かった。実力が足りていないなあと……。もっと経験の幅があれば、問題や課題を予測できてスムーズな道筋を立てられたのにと悔しかったですね。
ー:普段使わない筋肉って言い得て妙ですね。おふたりは日中、それぞれ会社員として働いていらっしゃいますし切り分けも大変そう。どうやって経験不足を乗り切ったんでしょう。
塚本:木倉谷くんが「スペックで勝負するんじゃなくて、世界感で勝負しよう」と話してくれたのは大きかったです。
木倉谷くん:僕自身、なにか「いいな」と思って物を買う際、スペック云々よりもそのプロダクトが持つストーリーがどうであるかを重要視するなあと思い至って。経験の不足はすぐに補えないので、きちんとホトトギスさんがもつ世界観をプロダクトに落とし込んでアピールする。僕たちなりの戦い方を現場現場で学ぶことができました。
塚本:紆余曲折ありましたが、ようやく展示会、そしてそのまた次のフェーズへと進められるものができつつあります。今後は商品としてきちんとホトトギスさんの蚊帳ふきんの魅力が伝わるよう、ユーザーの使用感などもきちんと調査して製品のブラッシュアップに務めたいです。