「生野ものづくりタウン事業」は、生野の町工場とクリエイターが協力してものづくり力を向上させ、地域経済を活性化することを目指して、大阪市生野区役所と公募で選定された実施事業者・株式会社友安製作所が始動したプロジェクトです。オンラインでコンペティションを開催できるAWRD(アワード)を活用し「『ものづくりタウン』宣言!ものづくりのまち生野区と共創するデザインパートナー募集!」 を開催しました。
初年度となる今回のテーマは「暮らしに彩りをくわえるプロダクト」。生野のものづくり企業4社が参加して、全国各地のクリエイターから複数のアイデアを募集し、審査の結果、各参加企業からそれぞれ一点のアイデアが選定されました。
この事業の進捗やプロダクトの詳細を共有する場として、さる2月29日、リゲッタIKUNOホール(生野区民センター)で、事業成果報告会が開催されました。会場には多くの来場者が集まり、参加企業とクリエイターによるプレゼンテーションと進行中のプロトタイプの展示、また同時進行で来場者によるブレインストーミングも行われ、生野のものづくりの活気を感じる場となりました。
町工場とクリエイターが共に創るプロジェクト
この企画を生野区役所に提案したのは、友安製作所執行役員の松尾泰貴さん。幼い頃から町工場に囲まれた八尾市で育った松尾さんは、大学卒業後、八尾市庁に勤務し行政マンとして改めて地域のものづくり企業の経営者や職人と再び出会います。彼らが抱える悩みやニーズと真摯に向き合ううちに、2019年にAWRDを活用した「YAOYA PROJECT」や町工場でのものづくりの現場を体験・体感してもらうイベント「FactorISM(ファクトリズム)」など町工場の「製品開発力・営業力・ブランド力」を高める革新的なプロジェクトを立ち上げ、本質的な課題解決に取り組んできました。今回の生野でのスタートアップにも、その豊富な経験が生かされています。
行政主導の事業は限られた期間のなかで中身を深め、継続していくことが課題です。そこで今回は、AWRDを以前活用した経験を活かしながらご自身のネットワーク外のクリエイターに広くアクセスし、事業のブランディングとPRを進めることにしました。
「生野は、1800件近くの製造業事業所と60カ国の国籍をもつ住人が集まり、古くから国際的な視点で海外にものづくりを学んできたルーツを持っています。そうした多様性のある街だからこそ化学反応が生まれたり、小ロットでも試作対応可能であったりと、対外的にも注目を集めている地域です。この事業はものを作って終わりではなく、制作の過程から販売へ、そしてものづくりが街へ浸透し、発展していくまで町工場とクリエイターが共に創っていくのがテーマです」と語る松尾さん。
プロジェクトの流れとして、参加企業がオープンコンペ形式でアイデアを募り「この人とものづくりをしたら面白そう」という目線でクリエイターを選定。その後、勉強会やフィールドツアーを通して価値観や気づきを共有し、一緒にプロダクトを開発してきました。成果発表会では、この日に向けてブラッシュアップを重ねてきたプロトタイプの展示とともに、各企業15分のプレゼンと講評が行われました。
「まちづくりの一階」を支える、ものづくりを元気に
開会の挨拶は、大阪市生野区長の筋原章博さん。通算15年となる区長経験のなかで“まちづくりの一階”を支えるのは「地域産業が元気で人と経済が循環していること」だと痛感してきたと述べ、この事業に寄せる熱い期待を語りました。
「生野の地域産業といえば今回参加いただいた4社のような、手仕事系の高い技術力を持つ製造企業です。大阪のものづくり事業所数がどの地域でも減少するなか、この事業は令和6年度も継続することが決まりましたので、より多くのものづくり企業やクリエイターの皆さんに参加していただき、新たな収益やものづくりのヒントになればと思います」
この事業では製作の過程や成果発表会で経験豊富なデザイナー、バイヤー視点のアドバイスを受けられることが、参加者にとって大きなモチベーションとなっています。審査員のお一人、村田智明(株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表所取締役)さんは「全国各地でものづくりアワードが増えてきています。この事業も継続してブランディングを醸成して欲しい。試作を重ねて途中でもバイヤーに意見をもらいながら作り続けていると、販売につながります」と、“継続”の大切さについて語りました。同じく審査員であり主催の友安製作所CEO友安啓則さんからは「私自身、ものづくり企業としてクリエイターさんとの出会いで教わることが多かったので、両者の通訳となれるような多角的な視点で意見を出したいです」とのコメントがありました。
いよいよ、成果報告へ
初めてのお披露目ということもあり緊張感が漂うなか、松尾さんからの音頭とともに会場から温かい拍手が沸き起こり、参加企業4社の代表者が舞台に立ちました。
NO1 株式会社リゲッタ
近未来型ウォーキングシューズ「Teraco(テラコ)」
生野で創業56年、主にサンダルの下請け製造を行う靴工場に生まれた高本やすおさんは、東京での修行後に家業を継ぎ、度重なる苦難や倒産の危機を乗り越えて2005年、下駄の履きやすさを取り入れたコンフォートシューズ「Re:下駄=REGETTA」を開発。以来、業界異例950万足を売り上げるまでに成長させました。今回参加した理由は靴業界歴30周年を機に、理想のウォーキングシューズを作るため。デザイナーの清水覚さんとともに「未来からやってきた」をコンセプトに「Teracoテラコ」を生み出しました。過去作った木型を改良し、見た目の重厚感と軽やかな履き心地を両立させ、黒×蛍光水色で未来感を演出。さらに、展示会ブースやパッケージデザイン、映画、音楽、カフェなど、多角的な展開で、生野の街全体を盛り上げる計画も。さまざまな人との出会いが生まれ、最高の体験ができる「生野ものづくりタウン事業」に来年はぜひメンターとして関わりたい、数多くの町工場に参加してほしいと呼びかけました。
審査員のコメント
友安さん:ずるいほど感動的なプレゼンでした。中間発表よりも軽量化されていること、コミュニティを巻き込んでブランドを育てていく構想が描かれていることが素晴らしいです。
村田さん:デザインの調整や製品価値の向上を提案したプレゼンの完成度の高さ、商品化に期待が膨らみます。3年ほど先延ばしして待ち焦がれさせるのもいいかもしれない。未来的な発想もとてもいいけれど、紐周りの扱いや丸みのなかにエッジの効いたデザインが加わるといいと思います。
NO2 株式会社三栄金属製作所
多機能性ステンレス調理器具「Cooker Plate(クッカープレート)」
1970年の創業以来、生野、東大阪、そしてベトナムに工場を持ち、金型の設計製造から加工、組み立て、検査までを一貫して行う事業をグローバルに展開している三栄金属さん。多様なメンバーが揃う社員が一緒にものづくりの楽しさを共有したいと考え、デザイナーの川田敏之さんとともに開発したのは、「楽して美しく食器を楽しむ」がコンセプトの調理器具にも食器にもなる多機能キッチンウェアです。同社が得意とするシステムキッチンの水回り製品をアレンジし、蓋とパンチングボウル、平皿の三重構造で、野菜や果物を洗ってそのまま盛り付けたり、蒸し器や燻製器にもなる多様な用途を設定し、また金属特有の上質さとスタイリッシュなデザイン、スタッキング可能な収納性を生かして生活空間を彩る提案をしました。これまで見えない部分で暮らしを支えてきた技術力を目に見える持ち出す同社にとっての革新的な挑戦で、今後クラウドファンディングを通じた販売や、展示会でのブランド認知を進めたり、SNSでの幅広いアピール方法を検討中です。
審査員のコメント
友安さん:自身のものづくりにも関わるので、ステンレスでどのような仕上げを考えているのか気になります。中間発表でのアドバイスを取り入れて蒸し器やアウトドア仕様がブラスされたのは嬉しい。家に置いておきたくなるようなデザインだし、日本人は2way3wayが好きなので受けると思います。
村田さん:第一印象が綺麗で、とても端正な感じが伝わってきました。黒染めなどのカラーやサイズのバリエーションを考えてシリーズ展開を期待したい。蒸し器の解説など、調理関連のプレゼンには断面図が欲しい。薫製の煙の発生源や一酸化炭素の排出については検討が必要。価格設定を教えてください。
NO3 株式会社 生田
本革ランドセルを一生物の箱へ「KOBAKO」
1950年に鞄製造業として創業した生田さん。大量生産に疑問を持った先代がランドセルの自社販売を開始し、2006年に「ランドセル工房生田」として昔ながらの手法で丁寧にランドセルを作り続けています。機能性耐久性に優れた本革ランドセルですが、小学校6年間完全無償で修理を行い、顧客とのつながりを築いてきました。かつて生野には20社以上のランドセルメーカーが存在しましたが、現在はわずか2社のみ。地場産業として再びランドセルを発展させたいという思いから、今回の参加を決めました。
デザイナーの大杉和美さんが打ち出したのは「一生をともにする箱」というコンセプトでした。これは、ランドセルを使う6年間だけでなく、その後の人生においてもランドセルとのつながりを大切にし、新たなつながりを築くためのブランド展開です。ランドセルのかぶせを再利用した名刺や写真の収納ケースや、ランドセルを作る技術を駆使した大切なものをしまう箱など、2種類の「cobaco」を提案。ハイクラスのセレクトショップなどを通して展開し、顧客とのつながりを結び直したり、新たなつながりを築いていくことで、少子化が進む中でもランドセルに光を当てる試みを行います。
審査員のコメント
友安氏:自分たちを守ってくれていたものを、新しい基準で大切なものをしまう箱へという発想がいい。卒業式に子供がこの箱をくれるのを想像すると泣きそうです。ランドセルは日本固有のものなのでデザイン的にランドセル要素があったらいいなと思う。
村田氏:永く使うという意味では手帳カバーなどの展開もあるといい。自身の経験でも牛が怪我をして傷ついた皮を避けないで使ったことがあり、とても評判がよかった。ランドセルについた傷の部分をそのまま使うことで思い出と重なり、背景感性を揺さぶるものになる。
デザイナー 大杉さんのコメント
八尾のプロジェクトYAOYA PROJECTにも参加しましたが、今回の生野のプロジェクトもデザイナーとして応募しました。今回の生野でも感じるのは大阪のものづくり企業さんの熱意です。社長だけが突っ走ることもなく社員さんも皆目をキラキラさせてものづくりに挑んでいて、一緒にやっていて楽しいんです。課題としては安いものをたくさん作って売る循環、その枠をどう脱却するか。高い物をつくり売っていく、そのイメージを共有することには気を配りました。八尾も今盛り上がっています。今後も大阪のものづくりに携わっていきたいと思っています。
NO4 有限会社 電研
アルミタイル「THREE THOUSAND TILES (スリーサウザンドタイルズ)」
約60年の歴史を持つアルマイト(アルミニウム加工)技術開発をしてきた電研さんは、生野のものづくりを発展させるため「作り手の次の手を生み出す」をテーマに参加しました。デザイナーの石井一東さんと日野達真さんが廃材とメーカーの技術で新たな価値を生み出してきた「SAIKAI」プロジェクトの一環として、新しいアルミタイル「THREE THOUSAND TILES (スリーサウザンドタイルズ)」を開発しました。コンセプトは「1000色以上のカラーバリエーション、1000枚以上を1日以内に仕上げる、1000年以上技術を残す」。アルミの強みを活かした内装・仕上げ材であり、細かい色調の再現力や施工のしやすさ、薄くて軽い素材感などが特徴のタイルです。価格設定のシンプルさやさまざまな空間に適用可能な柔軟性もあり、新たな市場開拓を目指しています。このプロジェクトは、アルミ加工の可能性を広げ、後継者の育成や技術の発展に貢献することを目指しています。
審査員のコメント
友安氏:デザイナーのお二方が空間にこだわっているからこそ生まれた製品で、インテリア商品も扱う目線からしても、この建材は魅力的。オレンジ色のタイルは心震えるぐらい可愛い。数量のメリットがあるのもとてもいい。目地や白錆びをどうするかは気になるところです。
村田さん:施工時の便宜性はあるが、コーナー部分などをどうするかは課題。SDGsに貢献するというのがとても大切。これからの時代の建築材として注目を浴びると思います。
来年度も乞うご期待!
参加企業とクリエイターの皆さんの“共創”の成果がダイレクトに伝わり、主催者、来場者も、ものづくりの感動を共有できて、また新たな視点を得られるような活気溢れる報告会でした。来年度も事業継続が決定している「生野ものづくりタウン事業」。今後とも、地域社会、企業、そしてクリエイターが協力し合いながら地域経済と製造業の発展に貢献し、さらなるイノベーションを生み出すプロジェクトとして進化していくに違いありません。
ものづくりを推進するプラットフォーム AWRD
AWRD(アワード)は、地域資源とクリエイティビティを掛け合わせることで、新しい価値の創造、活性、発信を生み出すエンジンとして、あらゆる領域でさまざまなプレイヤーを繋ぐプラットフォームとして50件以上のプロジェクトを展開してきました。人と人をつなげ、まだ見ぬ新たな価値を創出する接続点として「AWRD」がどのような可能性を持っているのか。本サービスを通して実現した地方創生へのイノベーション事例をご覧ください。
執筆:竹添友美
撮影:岡安いつ美、渡部翼
編集:AWRD編集部