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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
都市部に残る数少ない「歩道橋」を絶滅危惧空間として扱う。
対象とするのは、駅や建築に接続されたデッキ型歩道橋ではなく、道路上に独立して存在する歩道橋である。
歩道橋は、高度経済成長期以降のクルマ中心社会を象徴する都市インフラとして、日本各地に建設されてきた。しかし近年は、バリアフリー化や歩行者優先の思想の広がりによって撤去が進み、都市から少しずつ姿を消し始めている。
本提案では、その役割を終えつつある歩道橋を、新たな公共空間として変異させる。 -
なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
歩道橋は、単なる交通インフラではなく、「都市が何を優先していたか」を示す構造物だと考えている。
高度経済成長期以降、日本の都市はクルマの速度と交通効率を中心に設計されてきた。歩道橋はその象徴であり、歩行者は道路を直接横断することを許されず、一度上へ持ち上げられ、クルマの流れを止めないために移動させられていた。
しかし現在、都市の価値観は変化している。バリアフリー化や歩行者優先の思想によって、歩道橋は「不便なもの」「時代遅れなもの」として撤去されつつある。つまり歩道橋は、都市思想の変化によって役割を失い始めた「絶滅危惧空間」だと言える。
私は、この消えつつある構造物を単に保存したいのではない。むしろ、機能を失わせることで、新しい意味を与えたいと考えた。
移動効率のためにつくられた歩道橋を、「立ち止まり、景色を眺めるための場所」へ変化させることで、効率を優先してきた都市の中に、目的のない滞在や観測のための余白を生み出したいと考えている。 -
どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
本提案では、既存の歩道橋から片側の階段のみを撤去し、橋を支える構造体だけを残すことで、歩道橋を「移動のためのインフラ」から「景色を観測するための空間」へと変異させる。
通常の歩道橋は、「道路を安全に横断する」という明確な目的を持っている。しかし本提案では、その到着機能を意図的に失わせる。人は橋を途中までしか渡ることができず、向こう側へ到達することはできない。
それによって歩道橋は、効率的な移動装置ではなく、「立ち止まり、都市を見るための場所」へと変化する。人は景色を眺めるためだけに、わざわざ階段を登ることになる。
歩道橋の上では、光、広告、ヘッドライト、夕焼け、雨、騒音といった都市の断片だけが流れていく。渡っているのは人ではなく、景色や時間そのものである。
この提案の特徴は、大規模な建築を新設するのではなく、既存インフラを最小限の操作で転用する点にある。撤去されつつある歩道橋を完全に消去するのではなく、都市の記憶として残しながら、新しい役割を与える。
社会実装においては、老朽化や利用減少によって撤去予定となっている歩道橋を対象とすることを想定している。通常であれば解体される構造物を、「都市を観測するための高台」として再利用することで、解体コストや廃棄物を抑えながら、新たな公共空間へと変換することができる。
効率と移動を優先してきた都市の中に、目的のない滞在や、到着しない時間を生み出すこと。それによって、都市の中に失われつつある“余白”を取り戻そうとする提案である。
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Bridge without Arrival 「景色だけが渡る橋」
かつて都市は、クルマの速度を中心に設計されていた。
歩道橋とは、その時代の象徴だった。
道路を横断するために、人は階段を登り、そして降りる。
それは安全のための構造であると同時に、歩行者よりもクルマが優先されていた時代を示す装置でもあった。
やがて都市は、「人に優しく」という思想を獲得する。
バリアフリー、地上横断、歩行者優先。
その流れのなかで、歩道橋は少しずつ姿を消していった。
しかし、もし歩道橋を
「渡るためのインフラ」ではなく、
「景色を眺めるための構造物」として再定義したらどうだろう。
この提案では、歩道橋の片側だけに階段を残し、反対側の階段を撤去する。
道路を越えた先には、降りる場所が存在しない。
残るのは、橋を支えていた構造体だけである。
人は途中までしか行けない。
橋を渡り切ることはできない。
それでも、風景だけは向こう側へ流れていく。
光、広告、ヘッドライト、夕焼け、雨、騒音。
都市の断片だけが橋を横断していく。
歩道橋は、移動のための機能を失うことで、
都市を観測するための場所へと変化する。
景色を眺めるためだけに、わざわざ階段を登る。
到着のない場所が、都市のなかに余白と時間をつくり出す。
ここで渡っているのは、人ではない。
時間であり、光景であり、都市そのものなのだ。
歩道橋とは、その時代の象徴だった。
道路を横断するために、人は階段を登り、そして降りる。
それは安全のための構造であると同時に、歩行者よりもクルマが優先されていた時代を示す装置でもあった。
やがて都市は、「人に優しく」という思想を獲得する。
バリアフリー、地上横断、歩行者優先。
その流れのなかで、歩道橋は少しずつ姿を消していった。
しかし、もし歩道橋を
「渡るためのインフラ」ではなく、
「景色を眺めるための構造物」として再定義したらどうだろう。
この提案では、歩道橋の片側だけに階段を残し、反対側の階段を撤去する。
道路を越えた先には、降りる場所が存在しない。
残るのは、橋を支えていた構造体だけである。
人は途中までしか行けない。
橋を渡り切ることはできない。
それでも、風景だけは向こう側へ流れていく。
光、広告、ヘッドライト、夕焼け、雨、騒音。
都市の断片だけが橋を横断していく。
歩道橋は、移動のための機能を失うことで、
都市を観測するための場所へと変化する。
景色を眺めるためだけに、わざわざ階段を登る。
到着のない場所が、都市のなかに余白と時間をつくり出す。
ここで渡っているのは、人ではない。
時間であり、光景であり、都市そのものなのだ。
