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どの絶滅危惧空間を扱うのか(300文字以内)
『公園』を絶滅危惧空間として扱う。
都市の中に公園は存在し続けている。しかし公園で過ごされる時間や体験は少しずつ失われつつある。人々は待ち時間や休憩時間を公園ではなくスマートフォンの画面の中で過ごし、本を読む場所やスケートボードを楽しむ場所も公園以外へ分散している。
公園の消失とは土地の消失だけではない。公園との接触や記憶が日常から失われることもまた一つの絶滅である。本提案は、そのような状態に向かう公園を対象とする。 -
なぜその絶滅危惧空間を扱うのか(600文字以内)
公園は都市の中で数少ない自由な空間である。
そこでは何かを購入する必要も、生産する必要もない。ただ歩き、座り、考え、休むことができる。しかし現代では、人々が過ごす時間の多くがデジタル空間へ移行している。
待ち時間にはスマートフォンを見る。本を読む時間も減少している。スケートボードで遊ぶ場所も制限されている。こうした変化の中で、公園は物理的には残りながらも、人々の日常との接点を失いつつある。
私は、公園が必要なくなったのではなく、公園を必要とする感覚が薄れているのではないかと考えた。
そのため本提案では新しい公園をつくるのではなく、公園を思い出す機会を増やすことを目指した。
公園を保存することではなく、公園との関係を保存すること。そのために、日常的に触れる道具へ公園の触覚を移植する。 -
どのようにその絶滅危惧空間を変異させるのか(1200文字以内)
人工芝シリーズは、公園の象徴的な要素である芝生の感触を、日常的に使用する道具へ移植する提案である。
第一に、人工芝スマートフォンカバーである。人は一日に何百回もスマートフォンに触れる。そのたびに芝生の感触が公園の記憶を呼び起こす。
第二に、人工芝ブックカバーである。本を開く前に人工芝へ触れることで、読書という行為に公園の静けさや余白を重ね合わせる。
第三に、人工芝スケートボードデッキテープである。足裏で感じる芝生のざらつきは、公園で遊んだ身体感覚を想起させる。
重要なのは、これらが本物の芝生ではないことである。人工芝は心地よさを与える一方で、それが人工物であることも隠せない。利用者は安心感と違和感を同時に感じることになる。
もし完全に本物を再現できたなら、公園は代替されてしまう。しかし人工芝にはわずかな不自然さが残る。その不自然さが、本物の芝生との違いを意識させ、公園そのものを思い出させる。
人工芝シリーズは、公園の代用品ではない。
むしろ、公園へ向かうための入口である。
日常の中に埋め込まれた小さな芝生は、公園の記憶を呼び起こし、公園を求める感覚を維持する。利用者は人工芝に触れるたびに、公園を錯覚し、そして人工芝では満たされない何かを求めて実際の公園へ向かう。
本提案は、公園そのものを保存する計画ではない。
公園を求める感覚を保存する試みである。
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人工芝シリーズ Artificial Turf Series
公園へ行く前に、公園を思い出す。
人工芝シリーズは、公園の象徴的な要素である「芝生の感触」を日常の道具へ移植するプロジェクトである。
スマートフォンカバー、ブックカバー、スケートボードデッキテープ。
それぞれ異なる用途を持ちながらも、触れた瞬間に公園の記憶を呼び起こす。
芝がもたらす心地よさとある種の不快感。
その二つの感覚のあいだを往復することで、人は公園を錯覚し、そして実際の公園を求める
人工芝シリーズは、公園の象徴的な要素である「芝生の感触」を日常の道具へ移植するプロジェクトである。
スマートフォンカバー、ブックカバー、スケートボードデッキテープ。
それぞれ異なる用途を持ちながらも、触れた瞬間に公園の記憶を呼び起こす。
芝がもたらす心地よさとある種の不快感。
その二つの感覚のあいだを往復することで、人は公園を錯覚し、そして実際の公園を求める
