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[後編]素材から捉えるウェルビーイングとは。「Material Driven Innovation Award」審査会レポート

2022/05/19(木)

レポート

素材から捉えるウェルビーイングとは。「Material Driven Innovation Award」審査会レポート後編。

身体的にも、精神的にも、社会的にも満たされた状態である「ウェルビーイング」の考え方を、マテリアル(素材)視点で捉えたとき、私たちのウェルビーイングにどのように結びつき、どう貢献していくのでしょうか?後編ではオンライン審査会で選出された受賞マテリアルへフォーカスしていきます。

「Material Driven Innovation Award 2022」 オンライン審査会(国内実施) 参加者

  • 渡邊 淳司/NTTコミュニケーション科学基礎研究所 上席特別研究員
  • 堀内 康広/トランクデザイン株式会社 代表取締役/クリエイティブディレクター/デザイナー
  • 井高 久美子/インディペンデント・キュレーター
  • 小原 和也(弁慶)/MTRL事業責任者(審査員&ファシリテーター)
  • 関井 遼平(AWRD/審査会運営)
  • 松田 絵里 (キャロル)(AWRD/審査会運営)
  • Christine Yeh(AWRD/審査会運営)

グローバル審査員のフィードバックを反映しながら進む審査


各審査員は事前審査として、数点を選定いただき、そのエントリーにポイントをそれぞれ発表頂きました。今回、別日で開催されたグローバルのオンライン審査によって選定されたマテリアルも共有しながら、最終審査へと進んでいきました。改めて、審査員がどのようなポイントを置かれて選んだのかをご紹介します。

選定のポイント

渡邊ー 人を中心として、人がその時どう感じるか、人の心の在り方にどう影響を与えるかをポイントに作品を選出

堀内ー 審査基準と需要と供給のバランスをベースに、既に商品として存在するもの以外を選出

井高ー 人間の価値観を変容することで何かしらの豊かさを創出させることができるか、ストーリー視点で選出

小原(弁慶)ー これまで当たり前だと思っていたモノの意味がどのように変容しているのかをポイントとして選出

また今回、海外の審査員として、General Manager Aesop Asia and Natura &Co China フレデリック・セイエ、FabCafe Barcelona CEO David Tena Vicenteを招聘しました。グローバルチームの審査員はいずれも経営者ということもあり、ビジネスチャンスの可能性はあるか、スケーラブルかどうか、常にビジネスチャンスの可能性を見据えた視点で審査が行われました。別日で審査を行なった際のフィードバックをご紹介いたします。



General Manager Aesop Asia and Natura &Co China フレデリック・セイエ

審査員として参加することで、世界、特に日本の最新のイノベーションを感じることができる。

フレデリックさんは、応募されたマテリアルを見て、今、人々がどんな発明をしているのかを知ることは、自分にとって新鮮なことだと思ったそうです。中には本当にユニークなものもある、と。

FabCafe Barcelona CEO David Tena Vicente

あらゆる要素、あらゆる素材が重要である。

審査員が注目したのは、素材の深掘りです。Davidさんは、多くの応募マテリアルがサステナブルな素材であることを主張していますが、すべての素材がそうであるかどうか、より深く調べることが重要であると述べました。例えば、天然皮革とありますが、コーティング剤の種類によって、本当に天然と言えるのか、かなり違ってくるはずです。どのようなコーティングを施したのか、もっと知る必要があると述べました。

自然で持続可能な素材への強いこだわりを感じられる。

審査員一同、環境に良い素材を持つことは、人間の幸福を実現する方法の一つであると考え、サステナブルな素材に重点を置いて審査しました。そのため、選ばれたエントリーは、このテーマに関連するものばかりでした。

それぞれの視点を交差させ、選出されたマテリアル

さまざまな視点が交差したオンライン審査は約4時間に及びました。厳正なる審査の上、選ばれたマテリアルをご紹介します。大賞に選ばれたマテリアルは、FabCafeでの展示や製品パッケージ化したマテリアルサンプルボックスを制作し配布。また、大賞・ファイナリストに選定された4点のマテリアルを題材に、「ウェルビーイング」な観点で素材の活用方法を発想するイベントなどを開催。私たちのウェルビーイングを素材起点で考える機会を創出します。

大賞:100%土に還る、野菜や果物から作られた「Food Paper」

応募者 : 株式会社五十嵐製紙

概要:Food Paper は、フードロスとして捨てられてしまう野菜や果物を紙に生まれ変わらせるためのプロジェクト。1919年に創業した越前和紙の老舗工房「五十嵐製紙」の技術を用い、フードロスの廃棄を減らしながら、日本の紙漉き文化を次世代につなげていくこと。適量の生産と消費、そして廃棄物を出来るだけ出さない循環型社会の実現を目指して活動している。

https://awrd.com/creatives/detail/12329205

審査員コメント : 堀内 康広

社会問題と伝統工芸がちゃんとミックスされ、なおかつ誰でも使えるプロダクトになっている。子供から大人までこのプロダクトを使いながら、プロセスを感じてもらえるとほんとにいいプロジェクトに成長していくと思います。伝統工芸、廃棄野菜のリサイクル、デザイン、どれもが一つだけ目立つことなく、バランスが取れているところに大賞として選ばせていただきました。
この先も、コラボレーションを増やしながら、よりたくさんの地域や問題に対して出口をつくっていくことを期待しています。

ファイナリスト:Co-Obradoiro Galego

Co-Obradoiro Galego

応募者 : Individual in collaboration with Galician basket weavers.

概要:Co-Obradoiro Galegoは、スペインのガリシア地方で発生したパンデミックの際に、より地域に密着したアプローチを求められて生まれたプロジェクトです。魚介類の外骨格に含まれるバイオポリマーであるキトサンから、柔軟で生分解性のあるバイオマテリアルを開発。この生分解性素材を使って、水産物とバスケット産業を再び結びつけ、ガリシアの貴重な籠細工技術の永続性について考えています。また、例えガリシアの籠細工職人やガリシア文化やが消えてしまっても、このマテリアルを通してガリシア経済を再活性化させられると考えています。

https://awrd.com/creatives/detail/12152716

審査員コメント : 井高 久美子

地域文化は自己を規定し、内的評価を高めていく重要な要素の一つであると思います。満足度や幸福度と結びつく消費行動は、国や既存の経済圏の中で規定していくことは難しく、限定的なコミュニティといった小規模な公共圏を再認識していくことが一つのキーワードになってくるのではないかと思います。このプロジェクトは、未完の要素も多分にありますが、ガリシアの経済活動と工芸という民族文化の活動を視野に入れたプロジェクトであり、他のプロジェクトにはない視点をご提示いただきました。これからのプロジェクトへの期待も込めてファイナリストに選ばせていただきました。

ファイナリスト:TRF+H - Well-beingを叶える 3Dプリント素材

TRF+H

応募者 : ファブラボ品川 / ユニチカ株式会社

概要:『TRF+H』は、ヘアドライヤーなどで加温することで簡易に加工し、個別の身体曲面に適合した製作ができる3Dプリント素材です。従来、身体に合わせるためには3Dスキャンを活用し、立体的にモデリング・造形する試みが一般的でした。しかし『TRF+H』は、平面で3Dプリントし、簡単に後加工で身体に合わせることができます。それにより、プリント時間の短縮、サポート材など不必要な素材の削減、肌に接触する面の滑らかさを実現するとともに、幅広い「生活者」が内部構造も調整しながら道具をつくることを可能にします。

https://awrd.com/creatives/detail/12323926

審査員コメント : 渡邊 淳司

3Dプリントをはじめとするテクノロジーによって、誰でもオーダーメイドの装具を作れるようになりました。一方で、本プロジェクトで使用されるマテリアルは、3Dプリントされた後に温めることで、形状を調整する機能を持ちます。これは私たちの心にどんな影響を与えるでしょうか。例えば、身体に合わせて装具の形をなじませる時間は、自分の身体が唯一無二であることを感じさせてくれます。また、子供の装具の形状を変えることは、子供の成長を実感することにつながります。身体に寄り添い、その存在を祝福する時間をもたらす本マテリアルは、まさに暮らしをWell-beingにするマテリアルだと思います。

ファイナリスト:ZEROカーボNソイル

応募者 : グリーン&ウォーター株式会社 環境開発事業部

概要:ゼロカーボンの実現を目指すCO2を吸着固定する低炭素型土系舗装材。これまでの一般的な土系舗装材では実現できなかったセメント不使用、CO2を吸着固定しながら高強度、高耐久を発揮する製品として誕生。天然由来の素材からできており、使用後は土に還すことが可能です。

https://awrd.com/creatives/detail/12324424

審査員コメント : David Tena Vicente

ZEROカーボNソイルは、業界が気候変動にどのように適応しなければならないかを示す素晴らしい例です。道路や舗装は、社会のインフラとして欠かせないものであり、世界中のあらゆる場所で使用されています。これほど広く使用され、一見不変に見える素材をCO2吸収材にする方法を見つけたことは、世界中で大量に使用されている他の素材を気候変動に適した物質に変えるきっかけとなるはずです。古い材料やプロセスを見直すことで、いつも決まった方法で行われていることを省みない傾向がある世界の産業界に真の変化をもたらすことができるのです。審査員として、また科学者として、発表されたプロジェクトの化学的プロセスの具体的なデータを見ることができるのは、とても新鮮なことです。

奨励賞:日本の杉を使った国産天然繊維「KEETO」

KEETO

応募者 : 合同会社すぎとやま

概要はこちらから : https://awrd.com/creatives/detail/12203898

審査員コメント : 小原 和也(弁慶)

国産材の利活用という課題、サステナビリティへの貢献、様々な側面から、マテリアルへの期待値が高まっている中で、国産杉を紐状にするという形で実現したプロジェクトです。

紐と人間の関係性は、長い歴史の中で、「縫う・織る・撚る・組む・編む」というように、様々な方法を編み出してきました。私たちとの関わりしろを多くもてるマテリアルに改めて再構築することで、マテリアルを通したWell-beingな関わり方を模索できる一歩として、貢献することが多いはずです。

渡邊 淳司賞:PAPIER BOARD

PAPIER BOARD

応募者 : コクヨ株式会社 YOHAK_DESIGN STUDIO

概要はこちらから : https://awrd.com/creatives/detail/12260068

審査員コメント : 渡邊 淳司

暮らしをWell-beingにするマテリアルの条件とは何でしょうか。はじめに頭に浮かんだのが、使う人をやる気/元気にすること、つまり、ユーザーを動機づけ、行動の活力を与えてくれるということでした。「PAPIER BOARD」は、何度も書いたり消したりできる、ホワイトボードと同じ機能を持つ紙です。何を書いてもよいだけでなく、どのように加工してもよいというこれまでにない自由があり、自分の好きな色や肌触りが選べます。私はこのエントリーを見た時、いろんなことをやってみたくて、とてもウズウズしました。

堀内 康広賞:ForestBank

ForestBank

応募者 : STUDIO YUMAKANO

概要はこちらから : https://awrd.com/creatives/detail/12194976

審査員コメント : 堀内 康広

森林は植樹をし、木が育ち、森が育つ。現代において、その木材の風合いや強度で選ばれ、木材の金額もさまざま。間伐をしていい木を育てること、森を整備することが大切ですが継手がいないのも問題になっています。材種も強度も真っ直ぐでも曲がっていても関係なく、異素材と組み合わすことで、違う素材として流通させることができるのは、世界中の木材を取り扱う人たちを繋げるプロジェクトになり得ると思い、このマテリアルを選ばせていただきました。 この先、今の時代いろんな人、いろんな地域で使われるよう次なるサービスに期待しています。

井高 久美子賞:biomaterial

biomaterial

応募者 : 九州大学大学院 生物資源環境科学府 生命機能科学専攻 家蚕遺伝子資源学

概要はこちらから:https://awrd.com/creatives/detail/12186302

審査員コメント : 井高 久美子

まだ試作モデルの段階であり、社会実装までは至ってはいないプロジェクトですが、素材を通じて、人間が自然や生物を利用するという立場ではなく、人間と生物との共創関係を築くというフラットな視点を個人的には評価させていただきました。人間と他生物を同等と考えるディープ・エコロジーの思想に通ずる側面も感じますが、悪戯に人間中心主義を批判する立場ではなく、実践的な共創関係を手探りで模索していく素朴さを持ったプロジェクトである点に共感を覚えました。

小原 和也(弁慶)賞:廃蛍光灯リサイクルガラス

廃蛍光灯リサイクルガラス
応募者 : STUDIO RELIGHT
概要はこちらから : https://awrd.com/creatives/detail/12331848

審査員コメント : 小原 和也(弁慶)

一度使ったマテリアルをリサイクルするのか、二次利用するのか、はたまた廃棄せざるを得ないのか。サステナビリティが叫ばれる昨今、様々な活用方法が模索されています。そんな中、役割を終えたマテリアルを二次利用する過程でし、その特長、表情、文脈を残しながら新しい用途に生まれ変わっていく、マテリアルの「ものの来歴/小さな循環の痕跡」を感じられる喜びを感じることのできる視点は、Well-beingを考える視点としても、今後更に重要になってくるでしょう。

今回の審査会では、多様なバックグラウンドの第一線で活躍されている審査員らと共にマテリアルを起点としたウェルビーイングについて語り合いました。ディスカッションを通して、精神的、肉体的な個のものから、人の暮らしや社会的などより広義な充足に向けてまで、ウェルビーイングに寄与するためのプロダクトやサービスのベースとなるマテリアルが重要な役割を担うことを改めて感じる契機となりました。

MTRLは、ものづくりそのものやその使い方、伝え方、使われ方などのプロセスも含めて、世界中のマテリアルをさまざまな角度から見つめ、これまで気づかなかった新たな価値の発見、可能性を探っていきます。

「Material Driven Innovation Award 2022」

テーマ  : 「人の暮らしをWell-Beingにするマテリアル」

応募期間 : 2022年1月25日(火) – 3月7日(月)12:00(日本時間正午)

URL   : https://awrd.com/award/mdia-001

審査員 :

  • 渡邊 淳司/NTTコミュニケーション科学基礎研究所 上席特別研究員
  • 堀内 康広/トランクデザイン株式会社 代表取締役/クリエイティブディレクター/デザイナー
  • 井高 久美子/インディペンデント・キュレーター
  • フレデリック・セイエ/General Manager Aesop Asia and Natura &Co China
  • David Tena Vicente/FabCafe Barcelona CEO
  • 小原 和也(弁慶)/MTRL事業責任者

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