次世代のクリエイターと共に未来を描く共創プロジェクト
2023年に創立90周年を迎えた日産自動車株式会社は、次世代クリエイターとの共創型プロジェクト「DRIVE MYSELF PROJECT」を立ち上げました。社会、次世代、モビリティの観点から未来を見据え、まだ世の中にない新しい価値にフォーカスしたこの取り組みでは、「移動体験をデザインするアイデアソン」「暮らし方のプロトタイピング」「身近な発明チャレンジ」の3つのプロジェクトを通して、パーパスとして掲げた「次世代との共創を通して未知なる未来のワクワクを描く」ことに挑戦しています。
日産自動車のブランドプロミスへの共感を広げる「ブリコラージュ」をテーマに設定
「DRIVE MYSELF PROJECT」の立ち上げの背景には、これからの未来を生きる次世代のクリエイターの挑戦心に伴走し、共に未来を描いていきたいという日産自動車の想いがありました。同時に、本プロジェクトを通して同社のブランドプロミス「Innovation for Excitement」を表現・発信し、次世代のクリエイターたちの個性を後押しするプロジェクトを共に行うことで、未来に向けた共創が生まれるムーブメントの創出を目標に掲げています。
「身近な発明チャレンジ」の実施に際し、作品の募集テーマには「寄せ集めて自分で繕う」を意味する「Bricolage(ブリコラージュ)」を設定しました。ブリコラージュとは、文化人類学者であるクロード・レヴィ=ストロースが著書『野生の思考』のなかで提唱した概念であり、「寄せ集めて自分でつくる」「ものを自分で修繕する」「器用仕事」とも訳されます。
日産自動車が2023年3月に発表したプロトタイプセダン「コンテンポラリー ライフスタイル ビークル」では、すでに存在する身近なものから新たな可能性を見つけ出す、ブリコラージュ的発想によるイノベーションの可能性を提示しています。本アワードでは、ブリコラージュを応募作品のテーマに据えることで、日産自動車の未来の世界に向かって新しい発想でワクワクを生み出すことを追い求める姿勢を表現すると同時に、身の回りのものから新たな価値が生まれるブリコラージュの実践を応募者に体験してもらい、ブランドプロミスへの共感の広げることを目指しています。
本チャレンジでは、「コンテンポラリー ライフスタイル ビークル」を制作した上田哲郎氏をキュレーターに迎え、ブリコラージュが表現された作品の評価基準の検討を行いました。また、アート・エンジニアリング・デザイン・建築に専門領域を持つ国内外のクリエイターにキュレーターとして参加いただき、受賞作品の選定および応募作品において表現されたブリコラージュの概念について、多様な視点からディスカッションを行いました。
なお、本アワードは、選考プロセスを経て完成度の高い作品を顕彰するコンペティション形式ではなく、ひとつのテーマをもとに作品を募り、多様なクリエイターたちによる作品群を通してテーマの理解・浸透を深めることができる「コレクティブ」形式で実施しています。
世界中の次世代クリエイターの作品から浮かび上がった「ブリコラージュ」の輪郭
2023年7月19日の募集開始から10月2日の受付終了までの期間、22カ国から200点の作品が寄せられました。キュレーターによる選考プロセスでは、200点の応募作品の中から5点の「総合賞」と4点の「次世代賞」を選出しました。さらに、全応募作品に対して一般投票を行った「みんなが選んだ賞」では、4点の作品が選出されています。
コレクティブ形式のアワードの大きな特徴は、応募作品の集積からテーマの輪郭が浮かび上がり、さらなる理解が促される点にあります。本アワードの受賞作品から浮かび上がった、ブリコラージュの特徴を以下にまとめました。
ブリコラージュの輪郭1「新しい用途を創出する」
もとは別の用途だったものに解釈やアレンジを加え、新しい用途や価値を見出すことは、ブリコラージュの実践のひとつ。中国のプロダクトデザイナー・Luling Jingによる「The Rebirth of Furniture」は、ベビーベッドなどの子ども用家具の部品を組み合わせることで、別の家具としてリユースする可能性を提案しています。子どもが成長すると同時に廃棄の対象となってしまう子ども用家具の寿命を引き伸ばす本作からは、身の回りにあるものを使ったサステナブルの実践の可能性が感じられます。
キュレーターのKlein Dytham Architectureの二人は、「ブリコラージュのアイデアを非常に直接的で力強い方法で具現化している。ユーモアを交えながら、ベビーベッドの短い寿命を延ばす楽しい方法だ!リミックスされた家具が持つあらゆる興味深い可能性について考えるきっかけになることを願っています」と本作を評価しました。
ファブラボ広島・安芸高田による「ボトルキャップ循環ガチャ」が提案したのは、子どもたちにとって馴染みのあるガチャを活用したサーキュラーエコノミーの実践でした。硬貨の代わりにペットボトルのボトルキャップを使用する本作では、回収されたボトルキャップをアップサイクルした景品をガチャに入れることで、子どもたちの学習のきっかけとなるガチャの新しい用途が提示されています。
キュレーターのLi氏は、「ガチャが世界のポップ・カルチャーで注目を集めるなか、このプロジェクトは若い世代にリサイクルを遊び心あふれる方法で伝えているという点で、とても意義深いと感じます。カプセルの中身をデザインするという発想も面白く、学習体験を次のレベルへと押し上げています。古いものと新しいもの、遊び心と学びの融合(remix)は、究極のブリコラージュだと私は思います」とコメントしました。
ブリコラージュの輪郭2「複数の用途を掛け合わせる」
「寄せ集めて自分でつくる」と訳されるブリコラージュを表現した作品として、身の回りにある複数のものを掛け合わせることで、新たなものを創出しているアイデアに評価が集まりました。OLIBRAINnhによる「ライト一体型ドアノブ」は、複数の用途を掛け合わせた作品の好例です。ドアノブとライトの機能が掛け合わされた本作品は、ドアノブを回すと振動センサーによってライトが点灯し、夜間時に足元を照らす補助ライトとして普段から使用できます。さらに、地震の揺れによってライトが点灯するため、避難誘導灯としての役割も果たし、ドアノブからライトを取り外すことで、ソーラー電源を搭載した懐中電灯としても使用可能です。
キュレーターの戸沼氏は、「一から防災グッズをすべて揃えるのは難しくても、シンプルで、ドアノブがある部屋ならどこにでも設置できるものがあったとしたら、小さな工夫で誰かを助けられるかもしれない、という発想にインスピレーションを受けました。『ブリコラージュ』は、何も複数の素材を寄せ集めなくても、『ライト×ドアノブ』というちょっとした掛け合わせで実現できるものなのだと思わされたプロジェクトでした」と、日常的な用途と非常時の用途を掛け合わせた本作品を高く評価しています。
rtzmzmによる「誰にも取らせない。私だけの便利な傘」では、傘×靴べら×杖という3つの機能が掛け合わされています。1本で3つの役割を果たすスマートなアイテムの提案であることはもちろん、「誰かが使用した靴べら」という背景が加わることによって、傘の盗難を躊躇させる意図が込められています。
キュレーターの上田氏は本作のユーモアを高く評価し、「楽しくなければサステナブルではないというのは本当だと思います。傘と靴ベラという小さなものをよく観察して組み合わせるというのはブリコラージュ的に優れたアイデアだと思います。思わず自分が人の靴ベラを握ったらどうだろうかと想像するとクスっと笑ってしまいたくなります」とコメントしました。
ブリコラージュの輪郭3「身近なものを再定義する」
何気なく使っている日用品に新たな発想を加えることで、その存在を再定義する応募作品にも、キュレーターからの評価が集まりました。「使い捨てない天然素材の歯ブラシ 日本製」は、寿命の短いプラスチック製の歯ブラシを再定義する作品です。柄の部分に家具職人が椅子を製造する際に生じる端材を使用し、ブラシの部分には食肉用として育てられた馬や豚の天然毛を使用することで、使い捨てではない歯ブラシのあり方を提案しています。
キュレーターの上田氏は、「ハイテクやエンジニアリングとは異なるアプローチでサステナブルな未来に個人レベルでチャレンジできる、それがブリコラージュの意義です。歯ブラシのような、一見使い捨てしてしまいそうな小さなものを使い続けるためのサービスが存在しているというのは秀逸なアイデアだと思いました」とコメントし、長く使うためのメンテナンスサービスも提供している本作品を高く評価しました。
Malika Chopra氏による「The Strawless Turtle Pak」は、ストローを使用しない飲料パッケージの提案です。「折り紙」の発想が活かされたという形状が、ストローを使わなくても飲みやすく、こぼれないパッケージを実現しています。
キュレーターの戸沼氏は、「『草ストロー』や『竹ストロー』などプラスチックに変わるさまざまな代替素材ストローを取り上げてきたのですが、この『The Strawless Turtle Pak』は、そもそも紙パック容器の形を工夫すればストローはいらないのでは、と根本的なマインドを問い直してくれるプロジェクトでした」と、身近な飲料パッケージのあり方を再定義した本作のアイデアを評価しています。
なお、作品が選出された応募者には、本アワードオリジナルのトロフィーを贈呈しました。
応募作品と同様、ブリコラージュが表現されたトロフィーのデザインは、工業デザイナーの古井翔真によるものです。制作プロセスについて古井氏は下記のようにコメントしています。
「テーマのブリコラージュについて伺った際、私がこれからのモノづくりで重要になってくると感じていたことを、その言葉が端的に表していると感じました。実際、多くの人々も同じことを感じているんだと思いました。
トロフィーをデザインするにあたり、まずは「ブリコラージュ」という言葉を理解することから始めました。書籍やWEBサイトを参照し、知識を深めながら、イメージを多数提示してAWRD担当者の方々と認識のすり合わせを行いました。
最終的には、モノづくりや自動車いじりをする際に身近にある「木端材」、「アクリル端材」、そして「工具」を一まとめに構成したものをトロフィーとしました。端材や工具を「自由なモノづくりの象徴」と捉え、私自身で即興的に組み上げることで、素材と製法の両面でブリコラージュを表現しました。」
テーマの理解・浸透をうながす場としてのAWRDの可能性
本アワードの推進担当である日産自動車の吉井氏は、プロジェクトを振り返りながら、「ブリコラージュの捉え方の多様さと、イノベーションにも通じることを改めて感じるとともに、驚きとわくわくを感じました」とコメントしています。本アワードでは、コレクティブ形式を通じたテーマの理解・浸透に加え、日産自動車のブランドプロミスの具体化においても、一定の成果が得られたのではないかと考えられます。キュレーターの総評コメントにおいても、ブリコラージュへの理解の深まりや、イノベーションの創出への期待を語る内容が多くみられました。
「国を超え、年代を超えて、これだけ多くのみなさんとブリコラージュという考え方を共有できたことは、改めてこの概念の可能性が感じられる、非常に大きな成果でした。私たちがお客様に届けたい 『Innovation for Excitement』は、何も新しく最先端なものでしか実現できないわけではなく、身近なものの組み合わせ・工夫・発想から誰でもイノベーションは起こせるものであるということが伝わったのではないかと感じています」(日産 / 吉井)
「ブリコラージュとは、ある状況を改善するために物体とその機能を組み合わせ、手元にあるものでやりくりするというアイデアである。(本アワードを通して)今後採用されるに値するであろう優れたアイデアが、世の中にどれほどたくさんあるのかということに、非常に良い意味で驚かされた」(Klein Dytham Architecture)
「非常にユニークなやり方で点と点を結びつけているプロジェクトや、何気ない日常生活から素晴らしい着眼点を見いだしているもの、さらに、当たり前と思われてきた現状に挑戦し、困難な時代を乗り越えるためのちょっとした遊び心が込められているものなども見られました。私は、応募された作品の豊かな発想と創造性、そして鋭い視点であたりまえの中にある細かな事象に目を向けているところに強く惹かれました」(Kyle Li)
「あまり身近ではなかった困りごと、たとえば水飲み習慣の無さや、コスメの廃棄の多さ、募金のハードルの高さ、書字障害などを少し知ることができたので、今後はさらに人に寄り添える情報発信ができたらと思います」(戸沼君香)
「小さなアイデア、小さな対象、小さな活動の積み重ねが大きなうねりとなって、誰もがサステナブルの当事者になれると思います。修理しながら長く使うこと。本来とは別の目的に使ってみること。あるものをよく観察すること。もう人任せにしない、自分でできるサステナブル、それがブリコラージュです。ブリコラージュに大きな可能性を感じることができ、みんなのアイデアをシェアすることによるオープンイノベーションの可能性も感じることができました」(上田哲郎)
今回のアワードでは、日産自動車のブランドプロミス「Innovation For Excitement」を具現化するキーとなる概念として「ブリコラージュ」をテーマに掲げ、コレクティブ型のアワードを通じて作品を募集しました。その結果、日本だけでなく世界の次世代クリエイターにテーマへの強い関心と多様な視点・アイデアが寄せられました。これらのアイデアが示唆するのは、ブリコラージュ的な発想が、国や文化を超えてイノベーション創発の糸口になり得る、ということではないでしょうか。そして、本アワード自体が、日産自動車が掲げるブランドプロミスが世界の次世代クリエイターからの共感と共創につながるものであるということを、改めて実感できる機会になったといえそうです。
執筆:堀合俊博
編集:AWRD編集部